ロイヤー・ジョークからの示唆 

"法と文学"と法職倫(模範ロイヤー・ジョーク百選)by: 平野 晋

国際商事法務』誌に2000年連載のロイヤー・ジョーク論文より(「Jane Doe」というペンネームにて連載)。Up-loarded on Feb. 27, 2000; Revised on Mar. 10, 15, 2000; Professional Responsibility in Law & Literature--- Selected Lawyer Jokes ---
中央大学 大学院&同大学総合政策学部 教授 Professor, Graduate School of Policy Studies and Faculty of Policy Studies, Chuo University (Tokyo, Japan) 米国弁護士(ニューヨーク州法曹界所属)Member of the New York State Barthe United States of America 当サイトの利用条件はココをクリック詳細は、左記をクリックして「利用条件」(Terms and Conditions)をご覧下さい。皆様の画面をスクロールすること等により当ページの内容をご覧いただくことで、上記「利用条件」に同意いただいた意思表示であるとみなさせていただきます。 Terms and Conditions for the use of this Site. The use of (including access to) this Site, and the terms and conditions for usage of the contents herein, is governed by the Terms and Conditions linked to above. BY USING (including accessing) THIS SITE YOU ACKNOWLEDGE THAT YOU HAVE READ THE TERMS AND CONDITIONS AND DISCLAIMERS AND CAVEATS CONTAINED IN THIS SITE, AND THAT YOU ACCEPT AND WILL BE BOUND BY THE TERMS THEREOF.


         「まず初めに、弁護士を皆殺しにしよう。

       ウイリアム・シェークスピア著 「ヘンリー六世」
       第六部第四幕第二場より


       "The first thing we do, let's kill all the lawyers."
       WILLIAM SHAKESPEARE, KING HENRY VI, Pt. II, act iv, scene 2 (1590)
弁護士バッシング(いじめ)なシェークスピアからの一節。 See, e.g., CHARLES W. WOLFRAM, MODERN LEGAL ETHICS 1 (1986). なおこれは、日本でも最近紹介されました。 長尾龍一『文学の中の法』(1998年、日本評論社)("let's kill all the lawyers"の一節を解説したアメリカの書籍DANIEL J. KRONSTEIN, KILL All the LAWYERS? SHAKESPEARE'S LEGAL APPEAL (1994)を紹介しています).


(目次)

はじめに 

第I章 総論: 法職者のイメージと倫理とロイヤー・ジョーク 〜何故それが受けるのか〜

1. 米国弁護士に依頼したことのある人々の描くイメージ
2. 「ロイヤー・バッシング」
3. 小説、映画、そしてテレビからくる米国弁護士の身近なイメージ
4. ポズナー判事とポピュラーカルチャー
5. ロイヤー・バッシングの背景
6. ロイヤー・ジョークが流行る背景
7. 弁護士「宣伝」の自由化と「アンビュランス・チェイサー」
8. 「エスニック・ジョーク」と「ポリティカル・コレクトネス」の影響
9. 弁護士自身が流行らすロイヤー・ジョーク
10. 法職者の倫理規範とロイヤー・ジョーク

第II章 「熱心な擁護者」と「アドヴァーサリー・システム」の影響から来るイメージ

1.党派主義的に依頼人の「ため」に行動し過ぎる弁護士---
「お客様は神様でしょう、やっぱり。」
2. 論争好きな弁護士 ---
「論争するのが仕事ですから。」
3. 非生産的な弁護士 ---
「時間を延ばせば稼げます。でも私達は何も産み出しません。」
4.無能な弁護士 ---
「無能なくらいがちょうど良い。そうでなければ収まりがつかないでしょう。」
5. 後ろめたい企業法務---
「徹底抗戦だ!と言いつつもうやっぱり不安です、訴訟は。」

第III章 法律の技巧に走り過ぎて倫理感を失ったというイメージ

6. ずる賢い弁護士---
「クレバーだから雇ってくれんじゃないの、やっぱり。」
7. 冷血で倫理感を欠く弁護士---
「クールでなくちゃぁ、生きていく資格がない。」
8. 正直さを欠く弁護士 ---
「人が良くっちゃぁやってられませんよ。」
9. 弁護士への不信と裏切り---
「相手を欺く位の才覚がなければ...」
10. 地獄行きの弁護士 ---
「行き先はきっと地獄。浮かばれない商売です。」

第IV章 競争の激しさから来るイメージ
11. 多過ぎる弁護士 ---
「お医者さんと同じくらいの数の弁護士が、アメリカには居ます。」
12. 訴訟を漁る弁護士---
「訴訟が嫌いな弁護士なんて…」

第V章 報酬に対するイメージ
13. 高額な弁護士費用 ---
「世話になっておきながら、後で高いなんて言われちゃかないません。」
14. 水増し請求をする弁護士 ---
「あなたのことを想うとき、それはすべて請求時間。」
15. 欲張りですぐに報酬を請求したがる弁護士 ---
「お代をいただくのは楽じゃぁありません。」
16. 弁護士の搾取 ---
「アタクシ達は、なが〜いお付き合いを大切に致します。」

第VI章 制度上のイメージ
17. 判事 ---
「良き弁護士は法を熟知し、偉大な弁護士は判事を熟知する。」
18. 陪審制度  ---
「We, the Jurors:我らが掟だ!」

VII章 嫌われ者のイメージ
19. 嫌われ者 ---
「人助けの職業なんですけど、どうして嫌われるんでしょう?」

第VIII章 その他の弁護士の特徴に対するイメージ
20. 歴史を重んじる弁護士---
「最も古い商業だ!」(娼婦よりも?!)
21. 女性弁護士 ---
「泣く子も黙るこわい存在です。」
22. その他 ---
「弁護士ジョークの中にも、おちゃめなものがたまにあります。」

わりに 〜弁護士ジョーク:「読めば分かる??」〜




はじめに

本稿は、ロイヤー・ジョークを、米国弁護士の倫理との関係も交えながら紹介するものです。ここで云う「ロイヤー」には、「検事」や「裁判官」も含まれ、いわゆる「法曹」のことを意味します。このような「法曹」あるいは法職者は、アメリカでは資格試験に合格した上で各州の「bar」と呼ばれる法律専門職のメンバーにならなければなりません。それら法職者すべてにかかわるジョークと倫理を本稿は扱っていますから、検察官や裁判官に関するものも含まれております。もっともその大半は、弁護士 --- 依頼人に対して法律役務を提供する専門職 ---に関するものであります。

法職者に適用される「倫理」も本稿で触れると申し上げましたけれども、それを肩肘張って説く気はありません。むしろ、ジョークをお楽しみいただきながら、米国弁護士の倫理や大衆の抱くイメージなどについても言及していくつもりです。もっともここで紹介するジョークが笑えるものであるという保証は致しかねますが..。「寒い」ジョークも多いかもしれないことはご容赦いただきたいのです。そもそもジョークというのは、「読み人知らず」なパブリック・ドメイン(公有)の文化的所産の一つであって、著作権などに縛られることなく

(ジョークには著作権が及ばないという分析に関しては、see, e.g., Allen D. Madison, The Uncopyrightability of Jokes, 35 SAN DIEGO L. REV. 111 (1998).) 


自由に人から人へ口伝えで頒布されます。本稿で紹介するロイヤー・ジョークもそのような英文ジョークが基になっていますから、それがアメリカでは結構一般的に流布され、それだけ「受けて」いるということは云えます。しかしそれを日本語にしたときにどれだけ読者の皆様に「受ける」かについては、監修および翻訳をしていただく平野先生の腕次第なのです(…などと、うしろから弾が飛んで来るようなマネをして平野先生ゴメンナサイ。でも監修と翻訳の部分はすべて平野先生の著作権ですから許してくださいね ;-)  

などという具合に本稿は、途中で脱線しがちに進行する予定でありますが、ジョークや倫理といった人文科学的な要素と弁護士との関わりを扱う「学際的」なものを狙う一方で、エンターテインメントな「遊び」の要素も求めていくつもりであります。

さて最後に、本稿の監修に当たって筆者は、平野先生に一つのお願いをしておきました。それは、翻訳と一緒に英文のジョーク自体もできるだけ掲載していただくことであります。本稿の日本語部分はすべて著作権で保護されており、読者はたとえば私どもから出典した旨を明記した上で引用していだだかない限り勝手に複製を作ることが禁じられております。しかし、聞くところによれば本稿の読者の皆様には、国際的な法務に携わる方々が多いということで、アメリカの弁護士とお付き会いの機会もおありかと推察申し上げます。そこで、著作権の縛りなく自由にお使いいただける英文のジョークを併記して、皆様のビジネスと社交活動において自由にご活用いただければと願う次第です。(なお、著作権で保護されている和文の本稿についても、私どもが著作権者であることを明記いただきさえすれば、広くご利用いただくことに異議を唱えるつもりはございませんし、むしろそのように、出典さえ表していただいた上での読者による自由な使用こそが、文化の発展に寄与すると信じて止みません。)

それでは、以下の第I章で総論として、大衆が抱く弁護士のイメージや、「ロイヤー・バッシング」と呼ばれる弁護士いじめの風潮、弁護士の宣伝活動の自由化、法職者の倫理規範やロイヤー・ジョークの流行る背景などを概説します。そして、第II章以下において、代表的なロイヤー・ジョークを分類別に順次紹介しましょう。

第I章 総論: 法職者のイメージと倫理とロイヤー・ジョーク 
〜何故それが受けるのか?〜


1.米国弁護士に依頼したことのある人々の描くイメージ

既に読者にはよくご承知のことと推察致しますが、アメリカは非常に多くの法曹を抱えた国です。そのため、なんと成人人口の半数近くもが弁護士に案件を依頼したことがあるという程に、弁護士はアメリカで身近なのです。 

(American Bar Association, Survey, Perceptions of the U.S. Justice System, at 34, available at <http://www.abanet.org/media/perception/perceptions.pdf> (Visited May 11, 1999) (hereinafter ABA, Survey)(全米法曹協会が行ったアンケート結果)). 


その数の十分さと市民生活への身近さ(および不可欠さ)からすれば、アメリカの弁護士は日本のお医者さんに似た存在と云えるのかもしれません。

ところでここに面白いデータがあります。それは、個々具体的な案件を実際に依頼したことのあるアメリカの人々に訊いたアンケートなのですが、

(ABA, Survey, supra note 3, at 43 (弁護士に依頼したことのある人のうち75%が満足していると回答しています).さらに、全米法曹協会以外の機関が以前行なったアンケートでも、同程度の満足度が示されています。See, e.g., Golden Black/USA Today Survey (1984)('84年のアンケートの結果、2年内に弁護士を依頼した成人のうち78%が満足だと回答しています); David A. Kaplan, The NLJ Poll Results: Take Heed, Lawyers, NAT'L. L.J., Aug. 18, 1986, at S-4 ('86年のアンケートの結果、5年内に弁護士と仕事で関った成人のうち83%が満足していると回答しています).)


それによれば、市民は米国弁護士に対して非常に好ましい印象を抱いています。すなわちこのアンケートの回答者のうち、実に四分の三にも上る人々が、米国弁護士の役務に満足し、弁護士は知的で有能な問題解決者だというイメージが抱かれているのです。ご承知の通り米国弁護士は、日本のそれよりも裁判以外の実務を扱う割合が高く(訴訟関連実務に携わる割合は25%に過ぎません)、
Cramton, infra note ___, at 6. もっとも争訟に関わった人々の間では、それ以外の案件で弁護士に関係した人々よりも、弁護士に対するポジティヴ・イメージは低いというアンケート結果が出ています。その理由は、離婚や人身事故傷害などといった争訟案件はそもそも望ましからざる事態ですから、そんな中での弁護士との関わりもネガティヴなものになるからです。両当事者共に勝つ争訟というものはほとんど存在せず、敗者(両当事者共にある意味ではそういえる)はその責任を弁護士のせいにしたがるという訳です。 When you Need a Lawyer, CONSUMER REP.,Feb. 1996, at 34.

それだけ市民生活に身近な存在だからこそ、ジョークにおいても、本稿の紹介するような弁護士という職業のみを対象にしたジャンルが成立するのでしょう。

2.「ロイヤー・バッシング」

このように弁護士に依頼した経験者には非常に好感度が持たれているにもかかわらず、何故かアメリカでは十年ほど前から、「ロイヤー・バッシング」(弁護士いじめ)的なジョークも流行っております。これはパラドックスではありますが、
大衆の抱く弁護士のイメージが、ポジティヴであると共にネガティヴでもあるというアンビバレントな特徴を有するという指摘については、see also WOLFRAM, supra note ___, at 1.
See, e.g., Cramton, infra note ___, at 3.

たとえば弁護士とは、ずる賢く、いいがかり訴訟なども提起する「訴訟好き」で、「用心棒」(hired gun)のように依頼人のためには何でもやり、高過ぎる報酬を請求し、非情で同情や感情を有さず、欲張りで物欲が強い生き物だとジョークなどで揶揄されるのです。

See, e.g., Cramton, infra note ___, at 3.

日本でも大ヒットした「ジュラシック・パーク」という映画の中でも、恐竜に追われた研究者と子供達は助かるのに、何故かトイレの中に逃げ込んだ弁護士だけは、無残に餌食になって(観客はココで笑うことになっている!)シーンなどは、アメリカにおける「ロイヤー・バッシング」の典型かもしれません。

このように映画の中で弁護士を悪者にしたててバッシングする作品には枚挙の暇がない程です。たとえば「プリティー・ウーマン」の中で主人公リチャード・ギアのM&A事業の相棒である弁護士は、ジュリア・ロバーツに肉体関係を迫る下品でセコクて強欲な禿げの小男というネガティヴな存在に描かれています。

ジョークばかりではなく、さらに、弁護士は、信頼できない職業のランキングでも、「政治家」や「不動産販売業者」、あるいは「中古車セールスマン」や「保険外交員」に次ぐ地位を得ています。

William E. Hornsby, Jr. & Kurt Schimmel, Regulating Lawyer Advertising: Public Images and Irresistible Aristotelian Impulse, 9 GEO. J. L. ETHICS 325 n.9 (1996).

報酬額が高過ぎて、望みもしない仕事までやろうとする… 。

Gordon Black / USA Today Survey (1984).  

欲深で稼ぎ過ぎ…。そういったステレオ・タイプなイメージも強いようです。弁護士の数が多いから訴訟も多過ぎて経済発展を阻害している。...依頼人の利益のためには何でもやるのと同時に搾取している...そういうイメージもあります。

Randall Samborn, Anti-Lawyer Attitude Up, NAT'L L.J., Aug. 9, 1993, at 1, 20.

かつての日本の弁護士は、「三百代言」と言われて、客のためにはあることないこと何百個でも平気で云う怪しい職業だ、と受け取られていたときいております。皮肉なことに法曹最先進国のアメリカでも、たとえ無責任なジョークなどを通じてだとはいえ、それに似たバッシングが現れ始めたことは面白い現象かもしれません。

もっとも弁護士が批判にさらされているのは、何も最近急に出現した傾向だとはいえないようです。本稿の最初に引用紹介した通り、合衆国が生まれるよりずーっと前の、シェークスピアの時代のイギリスにおいてさえも、弁護士は批判されてきました。

さらにディケンズや、もっと古くは旧約聖書の「ルカ伝11:46」においても弁護士は批判されていると指摘されております。See, e.g., ROBERT H. ARONSON & DONALD T. WECKSTEIN, PROFESSIONAL RESPONSIBILITY IN A NUTSHELL 1991 (2d ed. 1991).

弁護士法と弁護士倫理の分野における研究でアメリカの第一人者であるコーネル大学ロー・スクールのチャールズW.ウォルフラム教授によれば、弁護士ほど広範囲に厳しい批判にさらされる専門職は他にない、

 WOLFRAM, supra note ___, at 1.

と云われるほど「風当たりの強い」存在なのかかもしれません。

3.小説、映画、そしてテレビからくる米国弁護士の身近なイメージ

アメリカという国が古くから、法律と弁護士の役割を非常に重んじており、それがアメリカ社会と文化の特徴でもある、と云うのは米国の歴史や文化を紹介したことで非常に名高いトクビル氏の指摘だそうです。

ARONSON & WECKSTEIN, supra note ____, at . トクビルの著作自身についてはsee A. DE TOCQUEVILLE, DEMOCRACY IN AMERICA (J. Mayer & M. Lerner eds. 1966).

しかしそこまで古い時代に遡らなくても、近年では、小説や映画、あるいはテレビなどが米国弁護士を市民に身近な存在となるような影響を与えている、とアメリカでは云われております。

 See, e.g., Galanter, infra note ___, at 814-15.

つまり、ロイヤー・ジョークが流行り出したのは1980年代末から'90年代にかけてですが、ちょうどその頃アメリカでは、法曹を主人公にして描かれたTVシリーズ

 See TV's View of the Lawyer, Findlaw Entertainment, availabe at <http://e.findlaw.com/television/tv/90s> (Visited Aug. 20, 1999).

や有名ミステリー小説、あるいは映画が大衆の人気をさらいました。

まずテレビでは、'90年代の代表的なTVシリーズとして、日本のNHKでも放映された「Ally McBeal」(邦題「アリーmyラブ」)を挙げることができるでしょう。

 現在放映中の第二シリーズ「アリーmyラブ2」の批評については、次の監修者のウエブ・ページを参照。  http://www.1.ocn.ne.jp/~s.hirano/ally.html

アリーは、短すぎるスカートをはいた新人の女性弁護士で、いつも間違った男と恋に落ちながらも様々な事件の担当を通じて成長をみせてくれます。若いキャリア女性の身近な存在感は、大衆ばかりか弁護士達の関心さえをも集めている訳です。

 
See id.

'80年代の代表的なTVシリーズは、「L.A. Lawエル・エイ・ロー」(邦題はたしか「7人の弁護士」だったと思います)で、東海岸の木曜夜10時に放映された同番組は、毎週金曜日の大衆の話題になった程の人気を博しました。さらに判事を主人公にしたお笑いの「Night Court」や、視聴者の小額クレームの仲裁を放映するという「The People's Court」なども人気でしたが、年配の方には「弁護士ペリー・メイスン」(Perry Mason)ならばご存知の方も多いと推察します。なおペリー・メイスンは新シリーズが日本でも放映されました(邦題はたしか「帰ってきたペリー・メイスン」でNHK放映だったと思います)。

有名ミステリー小説と映画の例では、何といってもジョン・グリシャムの作品

 ジョン・グリシャム作品の批評については、次の監修者のウエブ・ページを参照。   http://www.1.ocn.ne.jp/~s.hirano/grisham.html

を挙げることができるでしょう。ジョン・グリシャムは自身が弁護士である作家で、日本でもヒットした『ペリカン文書』、『依頼人』、『評決のとき』、あるいは『レインメーカー』(小説の邦題は「原告側弁護人」)

原題はそれぞれ、PELICAN BRIEF, CLIENT, A TIME TO KILL, およびRAINMAKERです。 

などの有名ミステリーの作者です。これらの作品に共通する点は、弁護士(あるいは法学生)が主人公だということ。そして、そのどれにおいても主人公は、普通のどこにでも居る人と同じように、私生活上で何らかの弱点を持っています。たとえば『依頼人』

 『依頼人』の批評については、次の監修者のウエブ・ページを参照。   http://www.1.ocn.ne.jp/~s.hirano/TheClient.html

の主人公「レジー・ラヴ」は、結婚生活の破綻とドラッグ中毒に苦しんだことのある中年の女性弁護士です。また『レインメーカー』

 『レインメーカー』の批評については、次の監修者のウエブ・ページを参照。 http://www.1.ocn.ne.jp/~s.hirano/TheRainMaker.html

の主人公「ハーディ・ベイラー」は、法律大学院(ロー・スクール)は出たけれど、就職先がないばかりか授業料や家賃の支払いもままならず借金取りに追われる新人弁護士です。

そのような「等身大」な主人公たちにもう一つの共通する点は、どの作品においても弁護士倫理と現実の相克が著わされていることにあります。たとえば『評決のとき』は、動機には同情すべき点のある(レイプされた娘の父親が犯人を殺害した)けれども明らかに有罪になるべき被告人を無罪にしようとする弁護士が主人公ですが、陪審裁判で無罪を勝ち取るために、違法に陪審員候補者の情報を事前に入手したり、怪しい鑑定証人を採用したりと、実務の裏まで描き出され、依頼人の「ため」にはあらゆることをする弁護士イメージが醸し出されています。

 陪審員への不正な工作を扱った近年のグリシャム作品としては、『陪審評決』も参考になる。『陪審評決』の批評については、次の監修者のウエブ・ページを参照。 http://www1.ocn.ne.jp/~s.hirano/runawayjury.html

さらに弁護士ジョン・グリシャムの作家としての出世作である『法律事務所』(原題「ザ・ファーム」)でも、

 『法律事務所』の批評については、次の監修者のウエブ・ページを参照。   http://www.1.ocn.ne.jp/~s.hirano/TheFirm.html

トム・クルーズ演じる主人公の若手弁護士「ミッチー」は、窮地に立たされながらもきちっと自己の利益は確保するクレバーな弁護士のステレオ・タイプな姿に当てはまる活躍を見事にしてくれます。すなわちミッチーは、ハーバード大学法科大学院を上位五番目の成績で卒業するほど有能な人物ですが、貧乏な家庭の出身で兄は監獄に収監されているという「弱み」を持っています。困窮を知っているだけに金銭への執着が強く、だからこそ、常識外れの高額な初任給やBMWの新車

ちなみに映画ではBMWではなく、メルセデスになっていました。この作品には様々な商品が宣伝のごとくに現れてくるのですが、さすが米国弁護士、商根逞しい!と思ってしまうのは読み過ぎでしょうか。 

までをも貸与してくれる法律事務所に就職してしまいます。後でそれがマフィアの手先の事務所で違法なマネー・ローンダリングを行うことを知ったときには、既に命が危なくなっている訳です。これまでの小説ならここで、悪事を暴いて命からがらに逃げ出してハッピー・エンドになるところでしょう。しかしミッチーは、悪事を暴いて命からがらに逃げ出すばかりか、ちゃっかりとその際に「退職金?」として億単位の大金を事務所から勝手に持ち出してしまうのです。加えて捜査協力したFBIにも、兄を出獄させたり、協力料を支払わさせたりと、あらゆる要求を実現してしまいます。このプロットは、そのディテールにおいて弁護士でなければ思い付かない面白さがあるのと同時に、「ずる賢く自己保身はきちっと怠らない」部分において、アメリカの大衆が抱く弁護士像にピタりと当てはまっているのです。

確かに筆者の経験でも、弁護士実務ではドラマになるような事件が生じることもあります。だからそういう場面ばかりを取り上げて、マスメディアにおける弁護士の露出度が増して行き、それだけ大衆の抱くイメージの中での弁護士のプレゼンスも大きくなっているのかもしれません。

4. ポズナー判事とポピュラー・カルチャー

「法と経済学Law & Economics」の分野で有名なリチャード・ポズナーは、シカゴ大学の元教授で、現在は連邦控訴審裁判所第七巡回区の裁判長を勤めながら同大学の特別講師を兼任しています。ロー&エコノミックスに留まらず、「法と文学Law & Literature」の研究者としても有名まポズナー判事は、その著書『LAW ABD LITERATURE』の最近の改訂版(Revised and Enlarged Ed. 1998)において、法律を扱った大衆文芸を次のように分析しています。
___________.

 

法律に関する大衆文芸には、大衆の抱く法への理解を映し出す「鏡」であるというよりは、むしろ大衆のイメージを形成する「教師」であるという役割がある。
(RICHARD A. POSNER, LAW AND LITERATURE 29 (Revised and Enlarged Ed. 1998) (emphasis added).)

 ...。
グリシャムなどのアメリカ現代小説における法曹の描かれ方は、ネガティヴであるという点において共通する。法曹が大衆小説における格好の攻撃の的になる理由は、おそらく以下にあると思われる。
  -アメリカ法曹の富と数の多さ;
  -正義が行われない有名な事例において法曹が果たしてきた役割; および
  -犯罪者や悪人を代理する法曹の役割を素人には理解できないこと。(Id. at 39 (emphasis added).)

 ...。
アメリカ現代小説における法曹のバッシングは、ロイヤー・ジョークと同ジャンルに属し、ロイヤー・ジョークと共に発展している 。
(Id (emphasis added).)


___________.

このように大衆文芸は、大衆が法曹に対して抱くイメージやロイヤー・ジョークと密接な関係がある、とポズナー判事が指摘している点は興味深いことでしょう。

5.ロイヤー・バッシングの背景

それにしても実際に案件依頼した人々には米国弁護士が良い印象を持たれているのに、なぜ同程度にアメリカでは、弁護士への批判やネガティヴなイメージも大きいのでしょうか?前述のコーネル大学のウォルフラム教授は、その理由として以下の五つを紹介しています。

WOLFRAM, supra note ___, at 4. 

   一、どの職業におけるのと同様に、弁護士業の中にも悪い弁護士が居ます。しかし弁護士という職業は公衆へ大きな影響を与える職業ですから、悪い弁護士のイメージも大きく受け止められてしまいます。
   二、訴訟のようなトラブルで弁護士は必要とされますけれども、トラブルにおける助言者としての他の専門職(例えば司祭や牧師など)のように心理的・内面的救済を弁護士は与えません。もっとクール(?)に、外面的・経済的な面しか弁護士は助けない[から冷たい]という印象を抱かれがちです。さらに、訴訟を代理する弁護士の半数は敗訴者側に立つ訳ですから、そのような者からみれば不満足なイメージを抱かれてしまいがちです。
   三、法律というのは複雑ですけれども、弁護士はその技能を駆使して複雑な法律を「操作する」者というイメージが抱かれがちです。
   四、自由市場では、高額な報酬を支払える企業や産業界側に優秀な弁護士が雇われるので、そのような裕福な利益団体を代理するのが弁護士であるというイメージも抱かれがちです。
   五、刑事事件で被告人を代理することから、大衆は弁護士に対して反感を抱きがちになります。

6. ロイヤー・ジョークが流行る背景

さらにネガティヴなロイヤー・ジョークが受ける理由について、ウイスコンシン大学のマーク・ギャランター教授は、

Marc Galanter, Robert S. Marx Lecture: The Faces of Mistrust: The Image of Lawyers in Public Opinion, Jokes, and Political Discourse, 66 U. CIN. L. REV. 805 (1997). 

例えばひと頃のアメリカにおける景気後退とか、若手弁護士・女性弁護士の急増などが関係しているかもしれない、と示唆しています。確かにロイヤー・ジョークの流行った1980年代中頃からのアメリカは景気も悪く、若手・女性弁護士が急増し、「誰もが誰かを訴える」というアメリカ訴訟社会が出現しています。

行き過ぎた「訴訟社会」の典型事例は、たとえばハンバーガーのファーストフード・フランチャイズ・チェーン店で出されたコーヒーをこぼして火傷した婦人が、熱すぎるコーヒーは「欠陥である」(?!)として訴えてミリオン・ダラー・ヴァーディクトを得てしまったり、不当なPL訴訟でハシゴの値段が高額になったりと、もう読者にはご存知のことと思います。

これら「非常識」な程の訴訟社会の元凶としては、本当は弁護士ばかりが責められるべきではなく、おかしな評決が出てしまう陪審裁判制度や、訴訟を助長する成功報酬制度などにも原因があると思われます。

 米国における弁護士報酬の決め方には、主に次の三つがあります。(1)時間報酬、(2)成功報酬、および(3)固定報酬。(1)は読者の皆様も既によくご存知の通り、時間単価(アワリー・レイト)に稼動時間(ビラブル・アワー)を乗じた額を報酬として請求するもので、一定のルーチンな役務を除くすべての商取引で一般的なものです。タクシー・メーターのように案件に掛かる稼動時間が増えれば増える分だけ請求額も増えます。(2)の成功報酬は、人身傷害事件で一般的で、賠償・示談金を成功裡に得た場合にのみその内の一定額(普通は33%)を報酬として支払うもの。(3)の固定報酬は、一定の(特にルーチンな)役務に対してあらかじめ合意した一定金額を報酬として支払うものです。See, e.g., WOLFRAM, supra note ___, at 504.

たとえば陪審は一般に、金持ちな被告企業に莫大な支払を命じやすいという偏見があります。さらに成功報酬制は、企業や地方公共団体などへの「いいがかり」訴訟を安易に提起するよう奨励しているといった問題があるからです。

 もっとも、成功報酬は、訴える権利はあるけれども資力のない個人が権利を実現できる制度である、という主張もあることは、検討に値するかもしれません。さらに成功報酬は「いいがかり訴訟」を助長していない、という主張も存在します。何故なら成功報酬で案件を受任する弁護士は、賠償金を得られる見込みのある案件だけを受任するようにインセンティヴがはたらきますから、その見込みのない「いいがかり訴訟」の提起を妨げる抑止力がはたらくからだという訳です。Cramton, supra note ___, at 7 (したがって成功報酬は、いいがかり訴訟を助長するのとは逆に、低額な賠償金 - おそらくはPL訴訟などで25万ドル未満程度の賠償金-- しか得られる見込みのない個人の権利実現の妨げになると批判しています). しかし監修者の経験に基づく私見では、成功報酬は「いいがかり訴訟」への抑止力に現実にはなっていないようです。何故なら、成功報酬は、陪審制度の運用のまずさと相俟って、「いいがかり訴訟」にも賠償金を得られる見込みを与えてしまい、延いては「いいがかり訴訟」を助長しているように思われるからです。すなわち、とりあえずは訴えを提起して「厄介払い」の示談金をせしめたり、開示手続で企業に「嫌がらせ」を与えてもっと高額な示談金を支払わせてやろうとする、「訴訟恐喝」の慣行が実際には訴訟の現場で横行しているからです。

しかし、本来は制度的な問題であっても、裁判制度が「弁護士」という職業とあまりにも密接に結びついているがゆえに、大衆には「弁護士が悪い」、「弁護士が訴訟社会の元凶である」、といったイメージが作り上げられている節もあるのではないでしょうか。

7. 弁護士「宣伝」の自由化と「アンビュランス・チェイサー」

弁護士宣伝の自由化も、悪いイメージの形成に影響を与えているといわれます。

  Galanter, supra note ___, at 816.

ご承知のように読者の皆様が関係するような、アメリカでも由緒正しい大手のロー・ファームは開けっぴろげな宣伝など行いません。しかし、地域で活動する中小のリティゲイション・ロイヤー(訴訟弁護士)の中には、テレビの地方局でコマーシャルを流す輩も多いのです。そのような中小事務所の多くには、事故などの加害者を訴えて賠償金をせしめ、その成功報酬を目当てにする「アンビュランス・チェイサー」

"ambulance chaser." "ambulance"とは「救急車」、"chaser"とは「追っかける人」の意。救急車の行き先には事故があり、事故現場には被害者が居ますから、そこには訴訟沙汰になるようなトラブルがあります。だから、救急車を追っかけて行けばメシの種にありつけるという訳です。 

と呼ばれる連中も散見されます。彼らアンビュランス・チェイサーは、ひとたび事故現場に着けば被害者や遺族に対して名刺を配り、タダで訴訟を引き受けるからその代わり賠償金や示談金の33%を報酬に下さい(成功報酬)という「勧誘」をするのです。さらにアンビュランス・チェイサーは、救急車を追いかけるばかりでは飽き足らず、訴訟を漁るテレビ・コマーシャルを白昼堂々、サブリミナル効果を狙って何回も何回も繰り返し流していることが、問題になっています。

 Public Policy Institute, An Accident and a Dream, a position paper on the tort system, May 1998, reprinted in, N.Y.S.BAR J., Apr. 1999, at 7 (hereinafter "Public Policy Report") 

もっとも、主に企業を訴えることを生業にしている訴訟弁護士らは、このような宣伝が人々のためになると反論しています。

Danniel J. Capra, An Accident and a Dream: Misinformation and Misunderstandings about the Civil Justice System, reprinted in, N.Y.S. BAR J., Apr. 1999, at 7 (hereinafter "Capra Report"). 

いわく、本来賠償請求権を有する被害者が、自らの権利を知らずに無き寝入りするという不正を無くす上で、宣伝は有効な手段だというのです。

宣伝の善悪を巡る議論の結果はまだ当分不明であるとはいえ、少なくともこのような宣伝が、大衆に悪いイメージを作り上げているということは否定できないのではないでしょうか。

8. 「エスニック・ジョーク」と「ポリティカル・コレクトネス」の影響

ロイヤー・ジョークが流行るもう一つの理由には、ロイヤーが社会の上部階層に位置することとも関係がある、とギャランター教授は指摘しております。同教授によれば、主要なロイヤー・ジョークの起源は、「エスニック・ジョーク」と呼ばれる人種差別的なジョークにあります。

Galanter, supra note ___, at 824. 

たとえば「ジューイッシュ(ユダヤ人)ジョーク」や「スコティッシュ(スコットランド人)ジョーク」など

  ジョークの世界では、ユダヤ人は「ずるい」し、スコットランド人やオランダ人は「ケチ」であると相場が決まっていて、そのような偏見を下敷きにジョークが作られてきました。See加藤尚武『ジョークの哲学』53, 97頁(1987年、講談社現代新書).

にその原形が見受けられます。したがって一世代か二世代前には、本書で紹介するジョークもエスニック・ジョークだった訳です。ところが差別禁止の社会風潮は、「ポリティカル・コレクティヴネス」と呼ばれる表現の自由に対するタブーを設けることになり、エスニック・ジョークも公然と話し楽しむことが憚られることになってきました。そこでジョークの対象になったのが、社会的な上層階級の人々で、たとえば「WASP」と呼ばれる白人のエリートや、美男美女、あるいは弁護士が新たなジョークの対象になってきたのだとギャランター教授は分析しています。これら上層階級ならば、虐げられてきた人々と違ってジョークの対象になっても悲壮感はない…。むしろ笑ってジョークを楽しむことができるじゃぁないか…というのです。もっともここで付け加えておきたいことは、米国弁護士は自らをそれほどプレステージの高い職業であるとは思っていなくなってきているという点です。すなわち、ロイヤー・バッシングがひどくなるにつれて、幸か不幸か弁護士は自らの職業に対する誇りやステータス感を失いつつあると言われているのです。

 See Deborah L. Rhode, The Professionalism and Problem, 39 WILLIAM & MARY L. REV. 283, 297 (1998).

9. 弁護士自身が流行らすロイヤー・ジョーク

ロイヤー・ジョークをしばしば口にするのは、他ならぬ弁護士自身であり、ロイヤーこそが流行らせている、という指摘もあります。その証左として、アメリカのリゾート地で見かけることのある、面白いTシャツが参考になるでしょう。筆者がそれを購入したのは、ディズニー・ワールドとかユニバーサル・ストウディオなどのテーマパークが集中するフロリダ州オーランドに行ったときのことです。観光客向けの出店で売られていたそのTシャツには、胸いっぱいに大きな口を開けて牙をむき出したサメが描かれ、その下に、このようなロゴが書かれていました。

 「信頼して下さい。私は弁護士ですから!
 "Trust me. I am a lawyer."

筆者がカリフォルニア州のLAに居たときにも同じものを見かけたので、アメリカの保養地では有名なTシャツなのでしょう。それにしても「私は弁護士です」というロゴから推察するに、これを着るのは弁護士自身以外には考えられません。したがって、このような「きつい」ロイヤー・ジョークを吹聴したり楽しんでいるのは、他ならぬアメリカの弁護士自身であるふしがあるようです。

10. 法職者の倫理規範とロイヤー・ジョーク

ところで各論に入る前に、ちょっと固くなりますけれども、米国弁護士の倫理規程について一言説明しておきたいと思います。米国弁護士は、CODE OF PROFESSIONAL RESPONSIBILITY("CPR")とかMODEL CODE OF PROFESSIONAL CONDUCTなど(州によって異なります)と呼ばれる規則を尊重しなければなりません。たとえばニューヨーク州の規則(CPR)では、その内容が以下の三段階に分類されています。

 See NYSBA, CODE OF PROFESSIONAL RESPONSIBILITY, Preliminary Statement (revised on Dec. 1, 1998).

   1. 「カノン」(canon) --- 行為準則。法職者が行為規範として遵守すべき事項を一般的に表現するもの。九条文から成り立っていて、各条文の下には[図1]のような「倫理綱領」と「懲戒規程」が規定されています。

   2. 「倫理綱領」(EC: Ethical Consideration) --- 法職者が遵守すべき事柄がナラティヴに記載されたガイドライン。解釈の指針的な規定、あるい精神規定であり、厳密には強行規定ではない点が次の「懲戒規程」と異なります。

   3. 「懲戒規程」(DR: Disciplinary Rules) --- 「倫理綱領」と異なって、強行規定であり、懲戒処分に服さないで済むための最低限度の行為規範です。

_______________________________


ところで「カノン」とはそもそも、「教会法」とか「教会法令集」という意ですから、「神聖[不可侵]な規則」という意味合いが含まれています。そのように神聖不可侵な響きを有する「カノン」の名をいただいた倫理諸規範に、米国弁護士は倫理的あるいは法的に縛られている訳です。ところでカノンの九条文は、具体的に以下のように規定しております。

l カノン第一条 「法職者は、法律専門職の完全性と能力の維持に助力しなければならない。」 -- 案件を処理する能力のない者が依頼人から依頼を受けることを禁じて公衆を保護する規定です。

l カノン第二条 「法職者は、法律専門職が法律相談を利用可能にする義務の遂行を助力しなければならない。」 -- 資力のない者や評判の悪い者の弁護をする倫理上の義務に関する規定です。

l カノン第三条 「法職者は、権限なき法律実務の阻止に助力しなければならない。」 -- 公益のため、非弁活動(法職者の資格を有さない者が弁護士活動をすること)の禁止に努める義務に関する規定です。

l カノン第四条 「法職者は、依頼人の信頼と秘密を維持しなければならない。」 -- 依頼人に対する守秘義務に関する規定です。

l カノン第五条 「依頼人のための代理行為において、法職者が行使する専門的判断は、独立したものでなければならない。」 -- 依頼人の利益擁護の妨げになるような双方代理や利益相反行為の禁止等に関する規定です。


l カノン第六条 「法職者は、依頼人を有能に代理しなければならない。」 -- 依頼人の案件を扱う能力がない場合には依頼を断る義務に関する規定です。


l カノン第七条 「法職者は、法の許す範囲内で、依頼人を熱心に代理しなければならない。」 -- 熱心に依頼人を擁護する義務に関する規定です。


l カノン第八条 「法職者は、法制度の向上に助力しなければならない。」 -- 現行法の問題とその改善の方法を弁護士は一般人よりもより良く知る立場に居ることから、法の欠点を修正して法制度全般を向上するという公益に貢献する義務に関する規定です。


l カノン第九条 「法職者は、専門職として不適切に見えるだけの行為であっても差し控えなければならない。」 -- 依頼人の資金を弁護士自身のものと混同することなどの、不適切に見えるような行為を避ける義務に関する規定です。

本稿で紹介するロイヤー・ジョークは、これら倫理規範に関わりを有するものも多く、特に、第II章で紹介するジョークの分類は同章の冒頭で説明するように、「カノン第七条」(熱心な擁護者の義務)や米国の弁護士・司法制度との関わり合いの深いものです。



『国際商事法務』誌の連載版に載っている後注は省略。
未校閲。
以下、続きは『国際商事法務』誌の連載に沿って当ページでも公開予定。

2000 Copyright (c) by Susumu Hirano. All rights reserved.



Uploaded on Mar. 14, 2000
Revised on Mar. ____, 2000

第II章 「熱心な擁護者」と「アドヴァーサリー・システム」の影響から来るイメージ

ロイヤー・ジョークの代表的類型の一つには、党派主義的に依頼人の「ため」に行動し過ぎる弁護士の特徴を誇大化するようなものがあります。これらのジョーク類型に関してコーネル大学のロジャー・クラムトン教授は、

 See, Roger C. Cramton, What Do Lawyer Jokes Tell Us about Lawyers and Lawyering?, Cornell L. Forum, Vol. 23, No. 1, July 1996.

職業倫理上の面白い問題を指摘しております。すなわち、依頼人に対する米国弁護士の態度に関して大衆が疑問を抱くのは、弁護士が依頼人の信頼を裏切っているということではなく、むしろ逆に、依頼人への忠誠心が高過ぎることにあるというのです。すなわち、善悪に関わりなく依頼人の「ため」になるように法律を操るというネガテイヴな印象を大衆は抱いているという訳です。

もっとも大衆の抱くイメージには無責任なところもあって、自分が依頼人になった場合には、米国弁護士の忠誠心の高さをポジティヴに評価していると指摘されております。つまりもしあなたが訴訟に巻き込まれたとき、あなたのために、法の抜け道を操ってでも最大限尽くしてくれる弁護士が居たとしたら、あなたはきっとその弁護士を好ましく思うでしょう。しかし逆に、もし敵側の弁護士が同じことを敵側の依頼人のためにやれば、ケシカランと思うはずです。そして自分が訟争に巻き込まれるまでは普通、依頼人のために行動する「用心棒」のような弁護士のイメージは、一般にあまり良くないというのです。たとえば地下鉄で毒ガスを撒いたりカレーに薬物を混入させて大量殺人を行なったと疑われている被告人のために弁護する弁護士を、あなたはどう思うでしょうか。おそらく普通の人はネガティヴな印象を抱くはずです。しかしもしあなたが殺人犯の疑いを掛けられたときに、無実の立証のために最善を尽くしてくれる弁護士をあなたはどう思うでしょうか…。 

それにしても米国弁護士は、日本のそれに比べて依頼人への忠誠心が高いということはよく指摘される事実です。それには、米国弁護士が職業倫理上要求されるモラルにも原因があります。すなわち前述の通り、米国法曹の行為指針たる倫理規範は、弁護士が依頼人の利益のための「熱心な擁護者」(zealous advocate)であるよう要求しています。

 See, e.g., NYSBA, CODE OF PROFESSIONAL RESPONSIBILITY EC 7-1, supra note ____(NY州法曹界所属の法職者に適用されるカノン第七条の「倫理綱領」EC7-1は、次のように規定しています「依頼人および司法制度全体に対する弁護士の義務は、…法が許す限り依頼人を熱心に代理することである」と). See also id. at EC7-19 (同じ義務を規定しています).

だから米国弁護士が依頼人のために行動することは当然というばかりでなく、正にそう行動することこそが制度上要求されているのです。

加えて、米国弁護士が依頼人のために熱心になり過ぎる背景には、裁判制度における徹底した対立構造(「アドバヴァーサリー・システム」あるいは「当事者対抗主義」、「対審構造」などと呼ばれます)にも原因があります。

 なお、弁護士はこのアドヴァーサリー・システムを擁護・推進することも倫理規定によって命じられています。See id. at EC 7-19(「正義のアドヴァーサリー・システムに対する弁護士の義務」という標題の下に、次のような規定が置かれています。「アドヴァーサリーな主張・立証は、本当は完全に知らないことを生半可な直感で拙速に判断しがちな人間の欠点を補うものである。事実と法上の準備および立証を熱心に行なうことで、弁護士は、法廷がオープンで中立的に事件を審査し中立的な判断を下すことに資するのである。弁護士の依頼人に対する義務と、司法制度に対する義務とは、同じである。それは、法の許す限りにおいて熱心に依頼人を代理することである」と。)

アドヴァーサリー・システムとは、原告と被告(あるいは刑事事件では検察側と被告人側)とが、法律家としての専門知識・技能を駆使して、それぞれ自らにとって最善の主張・立証を尽くし、その上で中立的な裁判所が判断を下すというやり方です。

 もう少し詳しく定義すると、以下のような特徴を有する制度です。
1. 当事者自身が自主的に争点の形成と証拠の提出をコントロールする。
2. 当事者の主張は[原則として]代理人が行ない、判事も直接本人とではなく代理人と手続を進行させる。
3. 争点と証拠調べは最初から最後まで当事者が中心となって対立的に行われ、相互主義的面が一部あるとはいえ、協力的ではなく、主張には反論、証拠には反対証拠という進め方である。
4. 判事と陪審の役割は中立的かつ消極的である。彼らはどちらの当事者にも偏見を抱かずに接し、判事が命令を下すのは概ね当事者からの申立のある場合に限られ、当事者が問題にしなかった争点を判事や陪審がイニシアティヴを採って問題にすることはない。
5. 訴訟手続は上述の原則に沿って規定された手続法に従って進められる。
6. 実体法と手続は、訴訟を概ねどちらか一方当事者の勝訴を決するように規定されているが、それは当事者が提出した争点と証拠のみに基づいて決せられる。
WOLFRAM, supra note ___, at 564.

この方法ならば、裁判所は、相対立する両当事者から提出される最善の主張・立証を批判的に吟味した上で、客観的に判断を下す第三者に徹することができますので、真実発見に適した制度であると云われます。

 真実発見以外にも、個人の権利を実現する上でも適しており、さらに当事者も個人的に訴訟結果に比較的満足しがちな制度でもある、と指摘されています。Id. at 565.

確かにこのアドヴァーサリー・システムは、真実発見には適した制度でありますけれども、両当事者が徹底的に自らの立場を擁護するように行動することが奨励されているため、紛争は勢い過熱ぎみになりやすいという弊害もあるのです

 See, e.g., James R. Elkins, Zealous Advocacy: A Moral Reassessment, available at < http://www.wvu.edu/~lawfac/jelkins/course/zealousness/introd.html > (Visited Aug. 31, 1999)(あまりに熱心過ぎる対立構造が"hard-ball tactics"と呼ばれる戦術の活用と泥試合を生じさせていると批判しています).

このようにアメリカの弁護士は、アドヴァーサリー・システムを前提に法学教育を受け、さらに依頼人の熱心な擁護者たることを要求される職業倫理に縛られています。加えて、激しい競争の中で、より良いサービスを提供するように求められる環境に居ます。そこでは弁護士が、自然と党派的な行動を採ることになってしまう訳です。このような問題を、あるアメリカの新聞コラムニストは次のように著わしています。いわく、アメリカの「正義の制度をダメにしているのは悪い弁護士ではなく、むしろ良い弁護士である。 …もし両当事者それぞれに有能な弁護士が付いていたならば、3日しか掛からない公判でさえ、容易に6か月も継続し得るのである」

 FRANCES KAHN ZEMANS & VICTOR G. ROSENBLUM, AMERICAN BAR FOUND, THE KING OF A PUBLIC PROFESSION 3 (1981)(emphasis added).

と 。


1. 党派主義的に依頼人の「ため」に行動し過ぎる弁護士

        「お客様は神様でしょう、やっぱり。

「用心棒」 --- それは、アメリカ大衆が抱く弁護士のイメージの典型です。しかし米国弁護士は、前述の通り、依頼人の「熱心な擁護者」である義務を負っているのです。

弁護士が依頼人の利益の「擁護者」であるべきだという特徴は、アメリカ以外の国の弁護士についてもある程度当てはまることです。しかし、「熱心な」擁護者という米国弁護士の特色は、ちょっと他国では見られない現象である、とは前掲のウォルフラム教授の指摘です。

 WOLFRAM, supra note ___, at 581.

このように米国弁護士特有の「熱心な擁護者」の性格は、「個人の自治」を重んじるアメリカの文化に起因すると同教授は続けております。

 Id.

すなわち個人は皆それぞれ権利を有しており、その権利の主張と請求を可能にするシステムが司法制度であるとまず捕らえられます。したがってこのシステムの下では、裁判所と法職者は、権利を有する者の権利を促進する役割を果たし、権利の定義・限界を巡る紛争や、請求を裏付ける事実の存否を巡る紛争を解決する訳です。そこにおいて紛争を解決する手段として最も有効であると考えられているのが、前述のアドヴァーサリー・システムであり、弁護士は依頼人の利益を代理して「熱心に擁護」することにより、はじめてこのシステムがきちんと機能すると考えられております。したがって米国弁護士が依頼人の「熱心な擁護者」であるというのは、個人の自治を重んじるアメリカ司法制度上の要請なのです。

司法制度自体が弁護士に「熱心な擁護者」たるよう要請しているという思想は、たとえば以下の連邦最高裁判所判例においても強く支持されております。同判例は、米国弁護士がたとえ外国の利益を擁護することさえも肯定されると指摘しているのです。

__________.

『裁判所の官吏』としての役割に服すべき弁護士の義務は、たとえ依頼人の利益が合衆国や州の利益に反しているときにおいても、全ての合法的な手段を用いてその依頼人の利益を促進することにある。 [米国]弁護士がそのように依頼人を代理しても、[米国の利益との間の]利益相反には該当しない。かかる行為はむしろ、依頼人がたとえ誰であろうともその法的な権利の実現者として権限を付与された独立した代理人として、弁護士を名誉ある伝統的な役割に置くことになるのだ。

「グリフィス事件」連邦最高裁判所公式判例集413巻724頁注14より。

 In re Grifiths, 413 U.S. 717, 724 n.14 (1973).

____________.

弁護士が依頼人の「ため」に熱心過ぎる程に行動するという性格は、大衆が抱く正しさや正義の概念よりも依頼人の利益を弁護士が優先していると感じられがちのようです。そのような弁護士のイメージを笑いのネタにしたジョークには、本来なら有罪になるべき刑事被告人さえをも弁護士はシロにしようとするという、ステレオ・タイプなもの

Randall Samborn, Anti-Lawyer Attitude Up, NAT'L L.J., Aug. 9, 1993, at 1, 20. 

も多く散見されます。たとえばこんな具合です。

 
被疑者: 罪状認否する前に、弁護士を選任してくれませんかね、裁判長。
裁判官: あなたは現場に居て、被害者の傍らで盗品を抱えていたのみならず、銃も手に持っていたし、その手からは硝煙反応も検出されているのですよ。弁護士があなたを弁護できると思うんですか?

被疑者: そこなんでさあ、裁判長。―― オレも、弁護士が一体どんなことを言ってくれるのか聞いてみたいんでさぁ。


自身が有罪を認める犯罪者に対してまでも、なんとか弁護を考え出してしまう弁護士。...たとえその弁護があまりにも馬鹿げたものでも、臆せず主張する態度。そんな、行き過ぎた「熱心な擁護者」の真骨頂が、この古典的ロイヤー・ジョーク(1931年前から流行りました)

 Galanter, supra note ___, at ___.

には現れているのではないでしょうか。



 「クライアントは神様です…!」(党派主義)


どこかの国と違ってアメリカでは、[筆者にしてみれば]極めて残念なことに(?)、弁護士が「先生、先生」などと呼ばれて偉そうにふんぞり返っていることはありません。依頼人のために最善を尽くすことこそが弁護士の使命である、とアメリカの弁護士倫理規範が厳しく規定しているからです。弁護士という「生産者」よりも、むしろ依頼人という「消費者」こそが、法律役務市場における王者なのです。しかしこの「消費者重視」政策は、ときには度を越えて、こんなジョークまで生まれてしまいます。

 
物理学者と会計士と弁護士が、大きな会社の執行役員のポストを競って、取締役会の面接を受けることになった。

まず物理学者に対して沢山の質問の後、2プラス2は何か、と訊いた。物理学者は席を外して図書館に行き、多くのリサーチと計測と計算を試してから取締役会に戻って答えた。「4です」と。

次に会計士にも長い質問の後、2プラス2は何かと尋ねると、会計士は「おそらく3か4でしょう」といいながら、スプレッドシートで確認してみましょう、と計算を始めた。

最後に弁護士にも、同じく2プラス2は何かと質問をしたら、彼は部屋のすべてのカーテンを閉め始め、部屋の外に誰か立ち聞きしてないことを確認し、電話をひっくり返して盗聴器のないことも調べた上で、小さくささやいた。

「いくつがお望みでしょうか。」




An engineer, a physicist, and a lawyer were being interviewed for a position as chief executive officer of a large corporation.
The engineer was interviewed first, and was asked a long list of questions, ending with "How much is two plus two?" The
engineer excused himself, and made a series of measurements and calculations before returning to the board room and
announcing, "Four."

The physicist was next interviewed, and was asked the same questions. Again, the last question was, "How much is two plus two?" Before answering the last question, he excused himself, made for the library, and did a great deal of research. After a consultation with the United States Bureau of Standards and many calculations, he also announced, "Four."

The lawyer was interviewed last, and again the final question was, "How much is two plus two?" The lawyer drew all the shades in the room, looked outside to see if anyone was there, checked the telephone for listening devices, and then whispered, "How much do you want it to be?"

こういう派生型もあります。

A housewife, an accountant and a lawyer were asked "How much is 2 plus 2?" The housewife replies: "Four!" The accountant says: "I think it's either 3 or 4. Let me run those figures through my spreadsheet one more time." The lawyer pulls the drapes, dims the lights and asks in a hushed voice, "How much do you want it to be?"
 


依頼人の「ため」になるようなことを弁護士はどこまでやって良いのでしょうか?これに対して前述のカノン第7条の「倫理綱領」は、次のように規定しています。

 「依頼人に対する法職者の義務

EC 7-4   弁護士は、専門家として最終的に裁判で受け入れられる蓋然性が低いと思われる法の解釈であっても、依頼人にとって都合の良い如何なる解釈をも主張することが許される。もし弁護士の採る立場が、… 現行法を拡大したり修正したり、あるいはそれを覆す真摯な主張によって支持され得る限りは、合法な弁護活動なのである。もっとも訴訟において、いいがかり的な立場を採ることは許されない」
 

と 。(強調は監修者が付加)

 NYSBA, CODE OF PROFESSIONAL RESPONSIBILITY, supra note __, at EC 7-4.

さて、ここで問題になるのは、どこまでが合法的に許される「依頼人にとって都合の良い…解釈」となり、どこからが許されざるべき「いいがかり的な立場」になるかという点です。2+2を4以外であると主張することは、いいがかりでしょうか?それとも現在信じられている法則を「覆す真摯な主張によって支持される」解釈でしょうか?

ところで、依頼人の意思が尊重されなければならないという倫理も、やはりカノン第7条の「倫理綱領」で次のように規定されています。

 「…決定を下す権限を有するのは、弁護士ではなく、もちろん依頼人にある。依頼人の決定は、それが合法である限り、弁護士を拘束する」

と 。

 Id. at EC 7-7.

ここでいう「合法である限り」という範囲も、前述の通り極めて広く解釈されているのです。



「実験台」(嫌われ者)

 
問: 実験動物にモルモットではなく弁護士を使うことにした理由は何?

答: モルモットよりも沢山居るし、モルモットを使うような心の痛みがなくて済むし、それに、何よりも弁護士は、何でもやってくれるからです。


 これは、依頼人のためには何でもやる弁護士を揶揄するジョークとして、前掲コーネル大学クラムトン教授の論稿でも紹介された有名なものです。 Cramton, note supra ___, at 4.

Q: Why are laboratory scientists switching from rats to lawyers for their experiments?

A1: Lawyers are more plentiful than rats; or
A2: The lab technicians don't get as attached to the lawyers; or
A3: There are some things a rat just won't do.



「値段次第です」(党派主義)

それは不可能です、とあなたに弁護士が言う時は、あなたが望みを適えるためにいくらまで支払う気があるかを試している時である。 

When your lawyer tells you it's impossible or illegal, he's just testing you out to see how much you are willing to pay to make your wish come true.


「共犯者」(党派的・制度)

被告人に弁護士が付くのは当たり前のはずですが、なぜ悪人をかばうのかという疑念はアメリカの大衆にも広く根差しているようです。

 See, e.g., POSNER, LAW AND LITERATURE, supra note ____, at ____.

でも、有罪になるまではまだ悪人であると決まった訳ではないんですけどね。
 
逮捕される前に犯人を助ける者を「共犯者」と呼び、逮捕後に犯罪者を助ける者を「刑事弁護士」と呼ぶ。

 堅い話をすれば、弁護士だって依頼人の(将来の)犯罪行為を助ければ共犯者になり得ます。ですから違法行為をアドヴァイスすることは許されていません。 See, e.g., WOLFRAM, supra note ___, at 693, 698. もっとも依頼人の「過去の」犯罪を巡る訴訟で弁護をすることは、立派な弁護士活動です。

   When a person assists a criminal in breaking the law before the criminal gets arrested, we call him an accomplice. When a person assists a criminal in breaking the law after the criminal gets arrested, we call him a defense lawyer.

OR

Q#1: What do you call a person who assists a criminal in breaking the law before the criminal gets arrested?
A#2: An accomplice.
Q#1: What do you call a person who assists a criminal in breaking the law after the criminal gets arrested?
A#2: A lawyer.


「少年犯罪」(制度・党派的)

両親を惨殺した凶悪少年犯罪の最終弁論で、弁護士はこう訴えた。「陪審員の皆さん、この可哀相な孤児にご慈悲を。」

An attorney, addressing the jury and speaking of his client who recently killed his parents: "Dear ladies and gentlemen, please take mercy and release this poor orphan."


(社会的に評判の悪い人を弁護する義務)

弁護士は、社会的に悪評のある依頼人のために尽くす義務があるのでしょうか?日本でも世論を揺るがした、サリン毒ガスや青酸毒物混入カレーによる大量殺人事件などの例を思い浮かべて下さい。
アメリカでは、原則として依頼を引き受けない自由を弁護士は有しています。

 WOLFRAM, supra note ___, at 571-74.

しかし、弁護士の役務を適切に受けられない状況に居る依頼希望者の場合には、この弁護士の自由が倫理的に制限されてきます。具体的には、刑事事件における「国選弁護」の場合と、評判が悪い依頼人の弁護の場合です。これに関して、前掲「倫理綱領」は次のように規定しております。

「弁護士 [による弁護活動] は個人的な感情と無関係であるべきで、依頼人や訴訟原因の評判が悪かったり、否定的な反応を社会が示していることを理由に、弁護を拒むべきではない」 

と 。

 NYSBA, CODE OF PROFESSIONAL RESPONSIBILITY, supra note ___, at EC 2-27(「法的代理を利用可能にする責務を果たすために法律専門職を助けるべきである」という標題の下に、本文中で前掲訳出したような倫理的義務を課しています).

弁護士がこのような倫理規定に縛られている理由は、特に刑事事件において、すべての被告人に公正な裁判を受けさせるという社会的要請があるからです。民事事件においても評判の悪い依頼人のための擁護を弁護士がすることは、司法制度への衡平なアクセスの権利を維持するという社会的な要請にしたがっている訳です。 アメリカの弁護士は、[本来?]私利私欲を求めるべき職業ではなく、弁護士は「officer of the court」(裁判所の官吏)である、と解釈されております。すなわち米国弁護士は、裁判所という公的な機関に尽くす「官」なのであり、裁判・司法制度のために貢献する社会的な責務を[理論的には?]負っている訳です。

なお、たとえ評判の悪い依頼人の弁護を受任しても、弁護士自身が依頼人の信条と同じ信条を有する訳ではありません。そのように考えるのは誤りで、

 WOLFRAM, supra note ___, at 582.

弁護士は依頼人の代理人・擁護者であるけれども(そしてその限りで最善を尽くす義務はあるけれども)、信条を同一視されないという原則の下でこそ、評判の悪い依頼人の依頼を受任できるのです。



2. 論争好きな弁護士

「論争するのが仕事ですから」


行き過ぎた「党派主義」的な弁護士の特性は、「論争好き」という大衆のイメージを作り出しているようです。実際それが商売である弁護士の職業病かもしれません。しかしこれがあまり高じると、事件の本案とは無関係なところで、単に相手に負けないための「戦略的な目的」(strategic purpose)で議論を吹っかけるようなところに問題が生じるのかもしれません。

 Cramton, supra note ____, at 8.

「論争好きの弁護士」



「トラック」"track"という単語の一つの意味は、「線路」ですが、もう一つの意味は「足跡」です。ところで弁護士という種族は議論が大好き。一種の職業病でさえあります。場合によっては、身体に危険が及ぶ程の労働災害の危険もあるようですが…。

 二人の弁護士が狩猟に行って、二筋の跡(トラック)を見つけた。弁護士の一人は、それがシカの跡だと主張し、もう一人はキツネの跡だと主張した。この論争は、二人が列車に轢かれてからも続いた。

Two lawyers were out hunting when they came upon a couple of tracks. After close examination, the first lawyer declared them to be a deer tracks. The second lawyer disagreed, insisting they must be elk tracks.

They were still arguing when the train hit them.


 
「弁護士が陪審員?」(論争好き)

 酔っ払い運転の前科があって今でも相変わらず飲酒運転を続けている噂のある被告人が、陪審員裁判を要求した。既に金曜の夕方4:00になっていて、早く帰宅したい裁判官は、陪審員を新たに募る手間を省きたかった。裁判所の廊下を観ると、ちょうど12名の弁護士が雑談していたので、判事は弁護士たちに陪審員になるよう命じた。
   簡単な事件なので公判はわずか10分で終了し、陪審員たちは評議室に入って行き、判事は帰り支度をした。皆が評決を待っている中、3時間も経過したところで業を煮やした判事が、陪審員の様子を見に行くように廷吏に命じた。帰ってきた廷吏に対して、
判事: 「まだ評決に至っていないのか?」
廷吏は首を振りながら言った。

「...評決? とんでもありません。彼らはまだ、誰が陪審長になるか議論している最中です。」

A judge in a semi-small city was hearing a drunk-driving case and the defendant, who had both a record and a reputation for driving under the influence, demanded a jury trial. It was nearly 4 p.m. and getting a jury would take time, so the judge called a recess and went out in the hall looking to impanel anyone available for jury duty. He found a dozen lawyers in the main lobby and told them that they were a jury.

The lawyers thought this would be a novel experience and so followed the judge back to the courtroom. The trial was over in about 10 minutes and it was very clear that the defendant was guilty. The jury went into the jury-room, the judge started getting ready to go home, and everyone waited.

After nearly three hours, the judge was totally out of patience and sent the bailiff into the jury-room to see what was holding up the verdict. When the bailiff returned, the judge said, "Well have they got a verdict yet?"

The bailiff shook his head and said, "Verdict? Heck, they're still doing nominating speeches for the foreman's position!"


 「ハード・ネゴシエイション」(論争好き)

 交渉術というのは弁護士にとって不可欠なスキルの一つですが、アメリカ型の交渉は「ハード・ネゴシエイション」と呼ばれて、攻撃的で譲歩をなかなかしない反面、理解しやすい特徴を有します。これに比べて日本型の交渉は「ソフト・ネゴシエイション」と呼ばれ、和を尊び、沈黙とコンセンサス(根回し)を重んじて、重箱の隅のようなディーテイルにこだわり分かりにくいと云われます。日本型ソフト・ネゴシエイションはしばしばアメリカの交渉者を戸惑わせ、フラストレイションを募らせます。しかしだからといってアメリカ人が、自らの交渉スタイルに全面的に満足している訳ではありません。とくに、アメリカの弁護士による交渉スタイルには、辟易とされることも多いらしいのです…。

そもそもネゴシエイションによる問題解決モデルは、訴訟などのアドヴァーサリー・システムによる問題解決モデルと異なるため、弁護士には不似合い(!)という指摘がありま。

 ARONSON & WECKSTEIN, supra note ___, at 400.

すなわち、ネゴシエイションは相手方の要求に応じた妥協による問題解決ですけれども、アドヴァーサリー・システムは対立的・闘争的な責めぎ合いの中で第三者が真実を発見するという解決モデルです。後者に長けている弁護士は、前者で要求される妥協など不得手だ、という訳です。

 Id. See also Cramton, supra note ___, at 3 (相手方に何一つ与えようとしない、という弁護士の性格を指摘しています).
 
問: 弁護士とテロリストの違いは何?

答: テロリストならば交渉に応じます。

Q: What's the difference between a lawyer and a terrorist?

A: You can negotiate with a terrorist.


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...。[以下、省略]

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