Latest revision on Mar. 22, 2003.
関係ページは「ジョン・グリシャムへの批評」「法と文学」「スコット・トウーロー」
Susumu Hirano
Professor of Law, Graduate School of Policy
Studies, Chuo University (Tokyo, JAPAN)
Professor, Faculty of Law, Meiji University
(Tokyo, Japan)
Member of the New York State Bar (The United
States of America)
Copyright (c) 1999-2005 by Susumu Hirano.
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当サイトは小説家・米国弁護士のジョン・グリシャムの作品の研究、批評、およびそれを通じた法律学の研究・教育用サイトです。
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Up-loaded on July, 2005.
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Up-loaded on Jan. 31, 2005.
完全なリーガル・スリラーというよりも、グリシャムの非スリラー路線の作品(例えば『A PAINTED HOUSE』)と、これまでのスリラー路線作品との間のハイブリットな味わいな作品になっています。グリシャムとしての新しい試みと言えます。
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First up-loaded on Feb. 11, 2003. Revised on Feb. 16, 2003.
今回の作品のテーマは、「金、名誉、弁護士倫理、そして恋」です。
「今回は主人公の視点を中心にした書き方を採用しプロットも一本線が通ってスッキリした感じ。一気に億万長者になって行った後に味わう贅沢な暮らしぶりは、思わず読者にもそういう世界に居る気にさせてくれる。上り詰めた後に遭遇する様々な危機とその行末にもどんどん引き込まれ、早く結末を知りたい気にさせられる。グリシャム作品に共通するテーマである、弁護士倫理や法律の問題点が今回も強く感じられるばかりか、大金、南の島、そして女性と言ったサブ・テーマも、エンターテインメントなストーリーの中に上手く書き込まれている。特に、倫理の問題については、スッキリと納得行く展開になって行くところに好感をいだかせてくれる。」
(「米国弁護士ジェーン・ドゥー」名にてFeb. 15, 2003に公表した書評より。)
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First up-loaded on Mar. 2, 2003.
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1st up-loaded on Mar. 15, 2003.
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Last revision on Feb. 11, 2003.
ジョン・グリシャムは自身が弁護2士である作家で、日本でもヒットした『ペリカン文書』、『依頼人』、『評決のとき』、あるいは『レインメーカー』(小説の邦題は『原告側弁護人』) などの有名ミステリーの作者です。これらの作品に共通する点は、弁護士(あるいは法学生)が主人公だということ。(但し、『A PAINTED HOUSE』などの非リーガル・サスペンスものは除きます。) そして、そのどれにおいても主人公は、普通のどこにでも居る人と同じように、私生活上で何らかの弱点を持っています。たとえば『依頼人』の主人公「レジー・ラヴ」は、結婚生活の破綻とアルコール中毒に苦しんだことのある中年の女性弁護士です。また『レインメーカー』の主人公「ルーディ・ベイラー」は、法律大学院(ロー・スクール)は出たけれど、就職先がないばかりか授業料や家賃の支払いもままならず借金取りに追われる新人弁護士です。
そのような「等身大」な主人公たちにもう一つの共通する点は、どの作品においても弁護士倫理と現実の相克が著わされていることにあります。たとえば『評決のとき』は、動機には同情すべき点のある(レイプされた娘の父親が犯人を殺害した)けれども明らかに有罪になるべき被告人を無罪にしようとする弁護士が主人公ですが、陪審裁判で無罪を勝ち取るために、違法に陪審員候補者の情報を事前に入手したり、怪しい鑑定人を採用したりと、実務の裏まで描き出され、依頼人の「ため」にはあらゆることをする弁護士イメージが醸し出されています。
さらに弁護士ジョン・グリシャムの作家としての出世作である『法律事務所』(原題『ザ・ファーム』)でも、トム・クルーズ演じる主人公の若手弁護士「ミッチー」は、窮地に立たされながらもきちっと自己の利益は確保するクレバーな弁護士のステレオ・タイプな姿に当てはまる活躍を見事にしてくれます。すなわちミッチーは、ハーバード大学法律大学院をトップクラスで卒業するほど有能な人物ですが、貧乏な家庭の出身で兄は監獄に収監されているという「弱み」を持っています。困窮を知っているだけに金銭への執着が強く、だからこそ、常識外れの高額な初任給やBMWの新車までをも貸与してくれる法律事務所に就職してしまいます。後でそれがマフィアの手先の事務所で違法なマネー・ローンダリンングを行うことを知ったときには、既に命が危なくなっている訳です。これまでの小説ならここで、悪事を暴いて命からがらに逃げ出してハッピー・エンドになるところでしょう。しかしミッチーは、悪事を暴いて命からがらに逃げ出すばかりか、ちゃっかりとその際に「退職金?」として億単位の大金を事務所から勝手に持ち出してしまうのです。加えて捜査協力したFBIにも、兄を出獄させたり、協力料を支払わさせたりと、あらゆる要求を実現してしまいます。このプロットは、そのディテールにおいて弁護士でなければ思い付かない面白さがあるのと同時に、「ずる賢く自己保身はきちっと怠らない」部分において、アメリカの大衆が抱く弁護士像にピタりと当てはまっているのです。
確かに筆者の経験でも、弁護士実務ではドラマになるような事件が生じることもあります。だからそういう場面ばかりを取り上げて、マスメディアにおける弁護士の露出度が増して行き、それだけ大衆の抱くイメージの中での弁護士のプレゼンスも大きくなっているのかもしれません。
(未校閲)
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Up-loaded on Nov. 8, 1999
Revision on Nov. 15, 1999; Mar. 16; Apr.
9, 11, July 18, 2000; Feb. 11, 2003; Mar.
9, 2003.
これまでの作品
1 『A TIME TO KILL』(翻題『評決のとき』)映画化。
2 『THE FIRM』(翻題『法律事務所』)映画化; パラマウント映画社への映画化権の価格は60万ドルにも達した。
3 『THE PELICAN BRIEF』(翻題『ペリカン文書』) 映画化。
4 『THE CLIENT』(翻題『依頼人』) 映画化。
5 『THE CHAMBER』(翻題『処刑室』)映画化。
6 『THE RAINMAKER』(翻題『原告側弁護人』) 映画化。
7 『THE RUNAWAY JURY』(翻題『陪審評決』) 映画化が決定; ワーナーブラザーズが800万ドルで映画化権を取得。
8 『THE PARTNER』(翻題『パートナー』)
9 『THE STREET LAWYER』(翻題『路上の弁護士』)
10 『THE TESTAMENT [遺言状]』(翻題『_______』)
11 『THE BRETHREN』(翻題『裏稼業』)
12 『A PAINTED HOUSE』(翻題『_______』)
13 『SKIPPING CHRISTMAS』(翻題『_______』)
14 『THE SUMMONS』(翻題『召喚状』)
15 『THE KING OF TORTS』(翻題『_______』)
近年は毎年一作のペースで作品を発表しています。
履歴
出典:
- The University of Mississippi English Department,
The Mississippi Writers Page, John Grisham,
available at <http://www.olemiss.edu/depts/english/ms-writers/dir/frisham_john>
(last revised on Feb. 17, 1999) (visited
Apr. 8, 2000).
- Gabriel Brabdstrom, John Grisham on the
Net, available at <http://www.privat.katedral.se/~nv96gabr>
(visited Apr. 8, 2000).
- Interview, John Grisham, Best-Selling Author,
June 2, 1995, available at <http://www.achievement.org/autodoc/page/gri0int-1?rand-224>
(last revised on Oct. 21, 1997) (visited
Apr. 8, 2000).
- Terry K. Diggs,Through a Glass Darkly: John Grisham and
Scott Turow lay down the law for millions
of Americans... Just what is it they're trying
to tell?, A.B.A. JOURNAL., Vol. ___, Oct. 1996, at
72.
- Two author's tale of the tape, 82 A.B.A.
JOURNAL 72 (Oct. 1996).
(未校閲)
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Up-loaded on Nov. 8, 1999
「無実の人が陰謀に巻き込まれ、そしてそこから脱出する」という筋書きが受けるのである、とはグリシャム自身の弁です。
(Kelli Pryor, Over 60 Million Sold, Entertainment
Weekly, 14, 18, April 1, 1994.)
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Up-loaded on Nov. 22, 1999
Last revised on Feb. 11, 2003
どのような作品に対しても、批判はあります。これだけ多くの大衆の支持を得ているグリシャム作品もその例外ではありません。以下は批判的コメントの代表例です。
出典: ___________.
__________/
- Terry K. Diggs,Through a Glass Darkly: John Grisham and
Scott Turow lay down the law for millions
of Americans... Just what is it they're trying
to tell?, ABA J., Vol. 82, Oct. 1996, at 74.
出典: The Honorable Donald G. Collester, Jr., Book Review: Lawyer-Bashing for Fun and Profit: The Collected Works of John Grisham: The Client, 24 SETON HALL L. REV. 1191, 1192 (1993).
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Up-loaded on Oct. 12, 1999
Latest revision on Nov. 15, Dec. 13 &
20, 1999; Feb. 11; Apr. 23, July 18, Aug.
11 & 14, 2000; Feb. 11, 2003; Mar. 2,
2003.
グリシャムの「成長もの」作品の特徴かもしれませんが、主人公の弁護士がルーキーであるという設定も目に付くようです。
この点に関するグリシャムの作風には一貫性が欠けているようです。作品によっては「私」が主人公になってもっぱら「私」の視点からストーリーが語られますけれども、場面ごとに異なる登場人物の視点でストーリーを語らせる作品もあります。(後者の方が多いかも?)
おそらく「成長」ものでは「私」や「僕」の視点で語られるものが多いのかもしれません。
- 「私」の視点を中心にストーリーが語られるもの:
- 場面ごとに異なる登場人物(あるいは「神の視点」)がストーリーを語るもの:
以下の論文も同様な指摘をしている。William H. Simon, Essay: Pluck: Legal Ethics in Popular Culture, 101 COLUM. L. REV. 421, 425-26 (2001) (グリシャム作品では、世界が謀略で満ちていて、それがマフィアや政治的テロ組織や巨大企業と同一視され、政府のエージェントもその一部を構成して自己中心的、傲慢、かつ間抜けだったりする。)
たとえば、弁護士と依頼人との間の秘匿特権とか弁護士の忠実義務などといった、法曹ならではの特権、義務、あるいは職業倫理などが出てくる。
この指摘は以下にて見受けられました。 Simon, Legal Ethics and Popular Culture, supra at 426-47 (「グリシャムへの批判」も参照).
Is it legal?
It's not illegal.
What are they planning to do with Sam?
Execute him.
It's a murder, Carmen. Legal murder. It's wrong, and I'm trying to stop it. It's a dirty business, and if I have to bend a few ethics, I don't care.
この指摘は以下にて見受けられました。 Simon, Legal Ethics and Popular Culture, supra at 444-45 (「グリシャムへの批判」も参照).
そういえば、以下でもそうですね。
(この指摘は、以下にて見受けられました。 Terry K. Diggs,Through a Glass Darkly: John Grisham and Scott Turow lay down the law for millions of Americans... Just what is it they're trying to tell?, ABA J., Vol. ___, Oct. 1996, at 74.)
評者コメント: そういえば、すべての作品で必ずしもとまでは云えないまでも、主人公は以下の作品においても法曹界の端の方に居る存在ですね。後述するように、アイビーリーグ出身の巨大名門法律事務所のエリート弁護士がバリバリ活躍するというストーリーは、例外(『法律事務所』の主人公ミッチー)を除き、見受けられないようです。
でも、個性の欠ける [i.e., 魅力に欠ける] 主人公では読者を惹きつけるのが難しいのではないでしょうか。 --- 言い方を代えれば、主人公に強い個性を持たせるのは、ある意味では常道かもしれませんね(そういうプロットが凡庸である、と云われてしまえばそれまででしょうが...) 。
この指摘は、以下にて見受けられました。 William H. Simon, Essay, Pluck: Legal Ethics in Popular Culture, 101 COLUM. L. REV. 421 (Mar. 2001) (主人公と読者は、大分最初の段階から誰が犯人・悪者かを知る。警察も知っているけれども、証拠が無いことから危機が生じる。物語の主題は主人公が政府を動かすだけの十分な証拠を得るという努力の部分にある).
上の、Simon「Legal Ethics in Popular Culture」の指摘は、以下の初期の作品を対象にした見解だと思われます。
以下の作品は、最後まで犯人が誰なのか、という疑問で引っ張る作風になっていると思われます。
上述の「アウトサイダー」な弁護士が出てくるという特徴に似ていますが、主人公ではないわき役、あるいは準主人公的な弁護士のキャラクターとして、飲んだくれの弁護士がしばしば登場します。
グリシャム作品の一つの特徴は、人物描写において皮肉、アエロニー、あるいは誇張が散見される点です。例えば以下のようにです。
様々な商品名が多用されていることが目立ちます。たとえば、『THE FIRM』(邦題『法律事務所』)の文庫版の上巻のみから、気が付いた商品名を拾ってみただけでも、以下のように多岐にわたっています。人物・情景描写において、これらブランド名・固有名詞は性格を現わす上で効果的に使われています。同時に、作品が映画化された場合の、収入源にもなるのでは?と考えてしまうのは、私も弁護士だからかもしれませんね...。
このブランド好の表現手法は、後のグリシャム作品でも以下のごとく健在です。
そう云えば、映画版の『評決のとき』(Time to Kill)では、主人公の弁護士が「コーチ」(COACH)製の時計をしているシーンが目立ちました。バッグもコーチ製のものと思われる柔らかな皮製のちょっとカジュアルっぽいものを使っていましたね。
特に、いわゆる「アイビー・リーグ」校と呼ばれるアメリカの一流大学(ハーバード、コーネル、イエール、ペン、コロンビア等)のロー・スクール出身の弁護士や、「マーチン・デイル・ハッビアス」と呼ばれる名門法律事務所目録に掲載されるような一流法律事務所を、目の敵にするような記述やプロットがグリシャム作品には散見されます。 評者としての個人的意見を云わせてもらえれば、「あまり私たちを悪者扱いしないで!」と云いたくもなりますけれども、こういうステレオタイプが大衆受けするのかもしれません。
ところでコーネル大学のウォルフラム教授によれば、自由市場では、高額な報酬を支払える企業や産業界側に優秀な弁護士が雇われるので、そのような裕福な利益団体を代理するのが弁護士であるというネガティヴなイメージが抱かれがちだということです。(CHARLES W. WOLFRAM, MODERN LEGAL ETHICS 4 (1986) ) すなわち、一流ロー・スクール出の弁護士や一流法律事務所は巨大企業などの「悪い」組織の味方であり、一般大衆や個人の味方はグリシャムのような無名の弁護士なのだ、草の根の弁護士なのだ、という訳でしょうか。
確かに一流法律事務所は、(特定のお金持ち以外の)個人の依頼は扱わず、企業や巨大組織関連の依頼をもっぱら扱うのが普通です。個人依頼人の依頼は、ローカルな中小事務所が扱う範疇なのです。
そういう意味で、一流ロ・スクール出ではない中小事務所所属の「草の根」弁護士がアメリカ社会で果たす役割は大きいものがあります。しかしだからといって中小事務所や、一流ロ・スクール出ではない弁護士が、皆「草の根」弁護士として市民の味方と捕らえるのは誤りで、いわゆる「アンビュランス・チェイサー」と呼ばれる訴訟漁りをする連中もまた、彼らローカルな弁護士たちなのです。これらアンビュランス・チェイサーや原告側の訴訟弁護士(litigator)たちには、企業などの巨大組織に「訴訟恐喝」を行なって、大金持になるという「夢」を実現する者も多いのです。(この辺の認識が日本のマスコミには足りないようなので残念です。)
このように、一流ロー・スクール出ではない中小事務所所属の弁護士がすべて市民の味方という見方は必ずしも正しくはありません。しかし、だからと云って、優秀な者ほど一流事務所に就職して個人クライアントを省みない(というよりも正しくは、省みる余裕・時間がなくなってしまう)という事実は変わりありません。そんな訳で、一流ロー・スクール側では学生に対して、一流事務所に就職することばかりがキャリアではない、パブリック・インタレストな職も重要な仕事である、と説得をしていますけれども、経済的な問題もあって説得もなかなか難しいというのが本当のところかもしれません。
とは云っても、若い優秀な弁護士達が公共の利益のために活動したい、という気持ちを皆が捨て切っている訳ではなく、そのため、事務所での業務の合間にでも一定時間は「pro bono publico」と呼ばれる公共のためのボランティア的な役務貢献をできるようにすべきである、という運動がアメリカでは行われております。
私ごとで申し訳ありませんけれども、企業内弁護士業をメシの種にしている評者も、土曜日を利用して教育活動をしたり、日曜祝日を利用して研究活動に励むのも、「プロ・ボノ」とまではいかないまでも社会貢献活動に少しでも携わりたい、という気持ちで取り組んでいるつもりではあります。
主人公あるいはそれに準じるキャラクターが追手や危険から「逃げる」というプロットもよく使われます。
これは最近のプロットの傾向で、「逃げる」の逆パターンとして使われます。「逃げる」のパターンと表裏一体、とも云えます。
グリシャムの地元だからでしょうか。彼の小説の舞台は大抵ミシシッピー州になっています。州都ニュー・オーリンズが出てくる場面も多いですが、最近の作品では、同州のピロクシという町が舞台になります。(『パートナー』『陪審評決』)
「エゴ・ウオール」とは、自慢の「武勲」や「戦利品」の数々を飾り立てたオフィスの自室の壁などのこと。弁護士に限らずアメリカの専門職は普通、資格証明書や大学院の卒業証を職場の自室の壁に額縁に入れて飾っておきます。加えて、たとえば有名な訴訟で勝訴したことが報道された新聞記事の切り抜きや、有名政治家(たとえば合衆国大統領)と握手している写真などのように(これは実際に評者の知人のある有名事務所のパートナーがやっていました)、自慢になるような品々も大事に額縁に入れて壁を飾り立てると、いかにも「エゴ・ウオール」という感じになります。グリシャム作品に出てくる有力弁護士や検事などのオフィスには、よくこの「エゴ・ウオール」が出てきます。その人物の自己顕示欲と出世欲の象徴といった形で、人物描写をしている訳です。
ちなみに日本の企業では残念ながら自室のオフィスというものが与えられませんので、inhouse counsel(社内弁護士)がたとえ自慢できる武勲の品々を多く持っていてもそれを飾れる壁がありません(トホホ)。
但し、『評決のとき』では違っていたような気がします。
これはグリシャムに特有というよりも、ミステリーの常道なのかもしれないけれども、多くの作品において最初にショッキングな事件が発生することが多いようです。(そうすることで読者をまず引き込む訳です。)
この手法はしばしばグリシャム作品で使われます。実際に登場人物が口に出したにしてはどぎつすぎるアエロニー的な台詞だなぁと思って読んでいると、それは口に出した台詞ではなくて、内面の独白であった、という手法によく出くわす訳です。
主人公らによって悪役側の弱点を責め立てられ、バツが悪くて視線を合わせることができず、low profileを保とうとするシーンにおいて、悪役側が皆「床を見つめてしまう」という表現手法は、グリシャム作品でしばしば出てきます。
(構築中) 【未校閲】
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First up-loaded on May 6, 2002
Up-loading Commenced on June 1, 2000.
1st Proof Read on June 7, 2000.
出典: Carrie S. Coffman, Gingerbread women: Stereotypical Female Atttorneys in the Novel of John Grisham, 8 S. CAL. REV. OF L. AND WOMEN'S STUD. 73 (1998).
First Up-loaded on Apr. 23, 2000
(出典: Judith Grant, Symposium: Picturing Justice: Images of Law and Lawyers in the Visual Media: Essay: Lawyers as Superheroes: The Firm, The Client, and The Pelican Brief, 30 UNIVERSITY OF SAN FRANCISCO LAW REVIEW 1111 (1996).)
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Last revision on July 28, 2005.
上の青く光っている『ブレザレン』の部分をクリック下さい。 (注意!! 批評をする上で止むを得ずプロットが分かってしまうので、知りたくない方は上の光っている部分をクリックしないで下さい。)
完全なリーガル・スリラーというよりも、スパイ小説的な作品です。
上の青く光っている『ブレザレン』の部分をクリック下さい。 (注意!! 批評をする上で止むを得ずプロットが分かってしまうので、知りたくない方は上の光っている部分をクリックしないで下さい。)
完全なリーガル・スリラーというよりも、グリシャムの非スリラー路線の作品(例えば『A PAINTED HOUSE』)と、これまでのスリラー路線作品との間のハイブリットな味わいな作品になっています。グリシャムとしての新しい試みと言えます。
『不法行為法のキング』(仮題) (THE KING OF TORTS)
上の青く光っている『ブレザレン』の部分をクリック下さい。
(注意!! 批評をする上で止むを得ずプロットが分かってしまうので、知りたくない方は上の光っている部分をクリックしないで下さい。)
「今回は主人公の視点を中心にした書き方を採用しプロットも一本線が通ってスッキリした感じ。一気に億万長者になって行った後に味わう贅沢な暮らしぶりは、思わず読者にもそういう世界に居る気にさせてくれる。上り詰めた後に遭遇する様々な危機とその行末にもどんどん引き込まれ、早く結末を知りたい気にさせられる。グリシャム作品に共通するテーマである、弁護士倫理や法律の問題点が今回も強く感じられるばかりか、大金、南の島、そして女性と言ったサブ・テーマも、エンターテインメントなストーリーの中に上手く書き込まれている。特に、倫理の問題については、スッキリと納得行く展開になって行くところに好感をいだかせてくれる。」
(「米国弁護士ジェーン・ドゥー」名にてFeb. 15, 2003に公表した書評より。)
『召喚状』 (THE SUMMONS)
上の青く光っている『ブレザレン』の部分をクリック下さい。
(注意!! 批評をする上でやむを得ずプロットが分かってしまうので、知りたくない方は上の光っている部分をクリックしないで下さい。)
『エイ・ペインティッド・ハウス』(仮題) (A PAINTED HOUSE)
(翻題未定あるいは不明、翻訳版未発表の最新作)
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(注意!! 批評をする上でやむを得ずプロットの概略が分かってしまうので、知りたくない方は上の光っている部分をクリックしないで下さい。)
『裏稼業』 (THE BRETHREN)
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『テスタメント』 (THE TESTAMENT)
大金を目の前にして欲に目のくらんだ醜い人間たちの争いと、相続指名を受けた女性の余りにも欲のない清らかな姿との対比が、小説の正に最後の最後の場面で象徴的に結実するというストーリーの終わり方は、さすがはグリシャム、と思わせてくれます。
行方不明な人物を探し出すというストーリーは、スコット・トウーローの『有罪答弁』を思い出させ、さらにジャングルの中まで分け入って探し出そうとする展開は、冒険ロマンス小説の映画「ロマンシング・ストーン」(キャサリン・ターナー&マイケル・ダグラス主演)を思い出させます。これまでのグリシャムとはちょっと違う感じを与えてくれる作品です。(もっとも主人公の弁護士が(アルコール依存症で)悲惨な状態に居るという設定は、『レインメーカー』や『依頼人』に似ているところもあるようですが。)
あらすじの紹介および批評は、上の青く光っている『テスタメント』の部分をクリック下さい。(注意!! 批評をする上でやむを得ずプロットが分かってしまうので、知りたくない方は上の光っている部分をクリックしないで下さい。)
『路上の弁護士』 (THE STREET LAWYER)
上の青く光っている『路上の弁護士』の部分をクリック下さい。
(注意!! 批評をする上でやむを得ずプロットが分かってしまうので、知りたくない方は上の光っている部分をクリックしないで下さい。)
『パートナー』 (THE PARTNER)
依頼人から預った大金と共にパートナーが失踪したというストーリーは、スコット・トウーローの『有罪答弁』を思い出させます。身を隠していた舞台として少し現れる南米は、『テスタメント』にも繋がる最近のグリシャムの南米趣味を表しているのかも。
上の青く光っている『パートナー』の部分をクリック下さい。 (注意!! 批評をする上でやむを得ずプロットが分かってしまうので、知りたくない方は上の光っている部分をクリックしないで下さい。)
『陪審評決』 [映画邦題は「ニューオーリンズ・トライアル」](THE RUNAWAY JURY)
上の青く光っている『陪審評決』の部分をクリック下さい。 (注意!! 批評をする上でやむを得ずプロットが分かってしまうので、知りたくない方は上の光っている部分をクリックしないで下さい。)
『レインメーカー』 (THE RAINMAKER)
上の青く光っている『レインメーカー』の部分をクリック下さい。
(注意!! 批評をする上でやむを得ずプロットが分かってしまうので、知りたくない方は上の光っている部分をクリックしないで下さい。)
『処刑室』 (THE CHAMBER)
大分昔に読んだので、その内に時間を見つけて構築するつもりです。
死刑執行の時間が刻一刻と迫るシーンの書き方には読中もどんどん引き込まれ、読後には大きな感動があった、という印象は未だに残っている作品です。
『依頼人』 (THE CLIENT)
上の青く光っている『依頼人』の部分をクリック下さい。 (注意!! 批評をする上でやむを得ずプロットが分かってしまうので、知りたくない方は上の光っている部分をクリックしないで下さい。)
『ペリカン文書』 (THE PELICAN BRIEF)
上の青く光っている『パートナー』の部分をクリック下さい。 (注意!! 批評をする上でやむを得ずプロットが分かってしまうので、知りたくない方は上の光っている部分をクリックしないで下さい。)
『法律事務所』 (THE FIRM)
上の青く光っている『法律事務所』の部分をクリック下さい。 (注意!! 批評をする上でやむを得ずプロットが分かってしまうので、知りたくない方は上の光っている部分をクリックしないで下さい。)
(構築中)
『評決のとき』 (TIME TO KILL)
上の青く光っている『法律事務所』の部分をクリック下さい。 (注意!! 批評をする上でやむを得ずプロットが分かってしまうので、知りたくない方は上の光っている部分をクリックしないで下さい。)
(構築中)
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Copyright (c) 1999-2005 by Susumu Hirano. All rights reserved. 但し作成者の氏名&出典を明示して使用することは許諾します。 もっとも何時にても作成者の裁量によって許諾を撤回することができます。