シェークスピア と 法と文学≠フ研究

Wlliam Shakespeare and Law & Literature

中央大学 教授(総合政策学部)米国弁護士(NY州) 平野 晋

Susumu Hirano, Professor of Law, Faculty of Policy Studies, Chuo University (Tokyo, JAPAN); Member of the New York State Bar (The United States of America) . Copyright (c) 2004-2007 by Susumu Hirano.   All rights reserved. 但し作成者(平野晋)の氏名&出典を明示して使用することは許諾します。 もっとも何時にても作成者の裁量によって許諾を撤回することができます。当ページ/サイトの利用条件はココをクリックTerms and Conditions for the use of this Page or Site. 当サイトは「法と文学」(law and literature)の研究および教育用サイトです。関連ページは、「法と文学」「カフカと法と文学の研究」、及び、「ジョン・グリシャムの中の」『THE KING OF TORTS』参照。 First Up-loaded on Mar. 2005.  Revised on Nov. 13, 2014..

参考: リチャード A・ポズナー著 (_平野晋 監訳_) 『法と文学 (第3版)』 (木鐸社)

 
Japanese trans. of RICHARD A. POSNER, LAW AND LITERATURE (3d. ed.),which I oversaw the trans.

【未校閲版】without proof

You'll ask me why I rather choose to have
A weigh of carrion [腐った] flesh than to receive
Three thousand ducats.  I'll not answer that,
But say it is my humor.  Is it answered?
What if my house be troubled with a rat
And I be pleased to give ten thousand ducats
To have it baned?

おそらく御不審でございましょう、手前がなぜ三千ダカットを
取らないで、わざわざ腐れ肉の一ポンドなどを
要求いたしますか。  いまその御返事は申上げますまい。
だが、そこは手前の気紛れとでも申しましょうか、これで
お答えになりましょうかな?  たとえばでございます、手前の家に
鼠が一匹出て困る。で、こいつに一万ダカット出してもよいから、
毒殺してもらいたいと、こう申しましたらどうでございましょう?

ウイリアム・シャークスピア著『ベニスの商人』 第三幕第三場二十六行〜三十六行、中野, infra, at 127-28 (強調付加).

The Merchant of Venice (MGM, 2004) (trailer予告編)

目次

判例(法廷意見)に出て来るシェークスピア

ベニスの商人』 THE MERCHANT OF VENICE

 作品中の名台詞

Shylock: "Is that the law?" / Shylock: "I stand here for law." / Portia:  "The brain may devise laws for the blood, but a hot temper leaps o'er a cold decree." / 
「血を一滴も流すな」云々という契約文言通りの「字句解釈」がおかしい、という多くの批判に対する評者の反論
法の解釈運用に於いては、「法的安定性」が求められるという要素
ポーシャの認める「法的安定性」の重要性
バッサーニオの認める「法的安定性」の重要性
アントーニオの認める「法的安定性」の重要性
シャイロックの求める「法的安定性」の重要性
具体的妥当性」(柔軟性)も必要であるという要素
金、銀、鉛の小箱の籤引きによる婿定めの際のポーシャのやり方が、法廷でlawに対するequityのポーシャによる適用の手法の伏線になっているという見方
バッサーニオ以外の候補者には正しい籤を引かせ無いようにヒントを与えなかったのと同様に、シャイロックにも...
金、銀、鉛の小箱の象徴するもの
小箱の籤引きで破れた罰
両方の場合の双方に於いて、ポーシャは利害関係者だった
ポーシャのシャイロックに対するやり口は、適正手続に反するという見方
ポーシャは、女性弁護士へのステレオタイプだ(ジェンダー?!)という見方
ユダヤ人いじめ (差別) であるという要素
キリスト教的な救済物語という見方
「慈悲」対「正義/憎悪」という見方
「正義」と「慈悲」のキリスト教的な融合について
キリスト教的な「慈悲」について
ユダヤ教的な「憎悪」(「目には目を」)について
劇中のキリスト教徒だって汚いではないか、というシャイロックの抗弁

 法の硬直性に対する柔軟性の必要性に関するリチャードA.ポズナー判事の解説

なぜ肉一ポンドの担保執行が許されざるべきか。ポズナー見解

  「law」と「equity」を『ベニスの商人』に見る。

 2005年秋に日本で公開された映画「ヴェニスの商人」(アル・パチーノ主演)の寸評

出典/参考文献

 

判例(法廷意見)に出て来るシェークスピア

The defendant's challenges to their convictions are without merit. In pursuing a debt that was apparently justly owed, their methods became violent and unacceptable. As Shylock learned when his collection attempts became too violent, "For as thou uergest justice, be assured / Thou shall have justice, more than thou desirest." (The Merchant of Venice, Act IV, scene i.) The decision below is AFFIRMED. ....

United States v. Bigelow, 914 F.2d 966, 976 (2d Cir. 1990) (乱暴な借金取立てゆえの有罪判決に対しての控訴審判決--有罪下級審判決を支持しつつ、量刑については破棄差し戻し--).

 

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ベニスの商人』 THE MERCHANT OF VENICE

出典

 

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作品中の名台詞

 Shylock: "Is that the law?" / 「それが法律でございますかな?」

SHAKESPEARE, THE MERCHANT OF VENICE, act 4, sc. 2, l. 309;  中野, supra, at 141 (血を一滴も流してはいけない云々、とポーシャーから命じられたことへの返事).

Shylock:
I am a Jew.  Hath not a Jew eyes?  Hath not a Jew hands, organs, dimensions [容積/身体], senses, affections, passions?  fed with the same food, hurt with the same weapons, subject to the same diseases, healed by the same means, warmed and cooled by the same winter and summer as a Christian is?  If you prick us, do we not bleed?  If you kickle us, do we not laugh?  If you poison us, do we not die?  And if you wrong us, shall we not revenge?  If we are like you in the rest, we will resemble you in that.

SHAKESPEARE, THE MERCHANT OF VENICE, act 3, sc. 1, lines 54-68.

シャイロック: 
[奴め、この俺に恥をかかせやがって、...。いったいなんの理由があって、そうするんだ?]  俺がジュウだからだ。ジュウには眼がないってのか?  手がないってのか?  いやさ、臓腑、五体、感覚、感情、そしてまた喜怒哀楽がないとでもいうのか?  食物が同じなら、同じ刃物で傷がつく、罹る病気も一緒なら、治す病気も同じだ。  冬は寒けりゃ、夏は暑い、どこが耶蘇らと違うんだ?  針で突いても、血は出ぬとでもいうのか?  くすぐられても笑わぬ、毒を盛っても死なぬとでもいうのか?  ひどい目にあわされて、復讐するのがなぜ悪い?  ほかんところがすべて一緒なら、これだってなにも同じだろうじゃないか?  

中野, supra, at 86-89.

 Shylock: "I stand here for law."

SHAKESPEARE, THE MERCHANT OF VENICE, act 4, sc. 1, line 141.

Portia:  "The brain may devise laws for the blood, but a hot temper leaps o'er a cold decree."

SHAKESPEARE, THE MERCHANT OF VENICE, act 1, sc. 2, lines s 17-18.

ポーシャ: 
いくら頭で熱い血を抑える掟をつくってみても、血気は冷たい掟なんか跳び越えてしまう。

中野, supra, at 23.

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「血を一滴も流すな」云々という契約文言通りの「字句解釈」がおかしい、という多くの批判に対する評者の反論

ポーシャによる血を一滴も流してはいけない云々という解釈は、契約の文言のみに解釈を拘泥させていて、契約の真の意味や黙示的な合意事項を解さないのでおかしい、という批判は法律家による『ベニスの商人』批評の中に多く見かけます。

しかし、実はポーシャは、血を一滴も云々という命令を下す前に、賢くも、シャイロック自身に契約の「文言通り」の解釈を求める点を強調させ、その同じロジックで血を一滴云々というように切り返す構造を、戯曲の中で採っています。--- 自業自得・因果応報という構造を上手く仕込んであるのです。

すなわち、正に、肉一ポンドを切ろうとするその直前に、以下のようにやりとりしています。

ポーシャ 「ではシャイロック、その方の費用で外科医を呼んでおけ。 / 出血死に至るといけないから、傷口の手当てをするためだ。」

シャイロック 「はて、証文に書いてございましたかな?」

ポーシャ 「書いてはいない、しかし、よいではないか。 / 
そのくらいの慈悲は、かけてやってもよかろうが。」

シャイロック 「そんな話はございませんな、証文にございませんな。」

中野, supra, at 141.

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法の解釈運用に於いては、「法的安定性」が求められるという要素

『ベニスの商人』に於ける法の解釈運用上の主要争点は、明らかに、「法的安定性」対「具体的妥当性」という対立概念です。両者はしばしば両立が困難な概念。しかしその両者のバランスを量ることが、法律家には求められるのです。

「法的安定性」の要素について、劇中でも、ベニスという国際都市の繁栄が懸かっているという台詞が出てきます。


ポーシャの認める「法的安定性」の重要性

 たとえば、以下、第四幕第一場二百十一行〜二百十四行にかけて。 法学者になりすましたポーシャが、法廷で以下のように言うのです。

It must not be. There is no power in Venice
Can alter a decre established.
'Twill be recorded as precedent[先例],
And many an error by the same example
Will rush into the state. It cannot be.
いや、それはならぬ。 ヴェニスのいかなる権力といえども、
定まった法を変えることは許されぬ。 
このようなことは、えて前例[先例]となって残り、
同じ前例[先例]から様々の乱れ
続出するのだからな
。 それだけはできぬ。

中野, supra, at 138(強調付加)

なお、ポーシャが担保の執行を阻止する際に、法的安定性の要請に配慮をしていた点を、後掲のポズナー判事も以下のように指摘しています。

Whatever the law might say, the enforcement of the bond would be absured, and Portia does what is necessary to prevent it.  Yet she is explicitly concerned to accomplich this without establishing a bad precedent or damaging Venice's commercial standing, which Shylock repeatedly points out, requires that ailien ... receive the same justice as a citizen.

POSNER, infra, at 109.

すなわち、法的安定性の要請を傷付けないように配慮しつつ、それでも担保執行を阻止する上手い方法を、ポーシャは考え出さねばならなかったという訳です。


バッサーニオの認める「法的安定性」の重要性

ポーシャのみならず、反シャイロックの感情が激しいバッサーニオでさえも、以下の台詞の中の、「大儀のためには小儀を曲げて」という部分から、シャイロックの証文通りの担保執行を拒むことが、ベニスの正義に反することを認識しているという指摘もあります。  Yoshino, infra, at 209 n.134.

And I beseech you,
Wrest once the law to your authority.
to do a great right, do a little wrong,
And curb this cruel devil of his will.
お願いでございます、今度だけは、どうか御職権をもって、
法を曲げていただけますよう。大儀のためには
小儀を曲げて、この悪魔奴に一泡吹かせてやっていただきたい。

第四幕第一場二百八行〜二百十行、中野, supra, at 138 (強調付加).

すなわち劇の舞台となってる商業都市共和国ヴェニスにとっては、国際取引が主要な関心事。 ですから法の支配、法の遵守が厳格に維持されて安定性があるからこそ、文化・慣習を異にする商人達が安心して取引を行うことができるという訳です。  もし法が恣意的に運用されて不安定な場になれば、異国の商人達が離れて行き、ヴェニスの繁栄も衰退する虞があるのです。   See, e.g., Willison, infra, at 709;  Yoshino, infra, at 209 n.135.


アントーニオの認める「法的安定性」の重要性

この点を更に端的に指摘する台詞は、一番危険が懸っているアントーニオ自身の発言に見つけることができます。(なおここでのイシューとは無関係ですが、アントーニオは命を取られることを望んでさえいるという指摘もあります。バッサーニオへの友情のために死ねるのならば本望...、もしからしたら彼(等)はゲイではないか、という指摘さえも?!)

The Duke cannot deny the course of law,
For the commodity that strangers have
With us in Venice, if it be denied,
Will much impeach the justice of the state,
Since that the trade and profit of the city
Consistenth of all nations.

[原文の残りはTo Be Filled].
いや、公爵だとて、法を曲げるわけにはいかん。
だって、外国人がこのヴェニスで持っている特権、
それがもし拒否されるということにでもなってみたまえ、
この国の法は、たちまちひどい非難を受けることになる。

なにしろこの市の貿易利潤というのは、各国民が集まって作り上げてるものなんだからね
だから、さ、往こう。
この度の苦労や損失やらで、僕もすっかり痩せた。
明日、あの残忍な債権者にくれてやる
一ポンドの肉にさえことかくかもしれん。
さ、牢番君、往こう。ああ、もしバッサーニオが来てくれれば、
僕が債務を払う現場を見にね ---- さすれば、もう思い残すことはない。

第三幕第三場二十六行〜三十六行、中野, supra, at 112-13 (強調付加).


シャイロックの求める「法的安定性」の重要性

キリスト教徒のベニス市民達だって、奴隷を金で売り買いしているではないか、と抗弁しつつ、シャイロックは以下のように文言通りの法の執行を求めています。

You have among you many a purchased slave,
Which like your asses and your dogs and mules
You use in abject and in slavish parts,
Because you bought them.  Shall I say to you,
"Let them be free! Marry them to your heirs!"
Why sweat they under burdens?  Let their beds
Be made as soft as yours and let their palates
Be seasoned wih such viands?"  
You will answer,
"The slaves are ours."  So do I answer you:
The pound of flesh whcih I demand of him
Is dearly bought, is mine, and I will have it.
If you deny me, fie upon your law!
There is no force in the decrees of Venice.
I stand for judgmeht.  Answer, shall I have it?
あなた方は、たくさんの奴隷を買って持っておいでになる、
そして驢馬(ろば)や犬馬同然の卑しい仕事にこきつかっておいでなさる。
なぜだ、それは? 
金を出してお買いになったからだ。
そこで、もしこの手前が、こう申し上げたら、
どんなもんでございましょうかねえ? まず彼奴(あいつ)らを、
自由にしておやんなさいまし。

・・・[省略] / ...。 
おそらくお返事は、
彼奴らは俺(おれ)のもの」と、こうでございましょうな。手前もその通り。
欲しいと申し肉一ポンドとは、いわば大金を払って買ったものなんで、
早く申さば手前のもの、それを頂戴したいと申し上げてるだけなんで。
ならぬとおっしゃれば、国の法が聞いて呆れる! ヴェニスの法律(おきて)は
無力とでも申しましょうか。 だからこそ、お裁判(さばき)が願いたいんで。
いかがでございましょう、いただけましょうかな?

第四幕第一場九十行〜百三行、中野, supra, at 130-31 (強調付加).

更にシャイロックは、以下のようにも言ってました。

[原文はTo Be Filled].
...。
証文通りの違背金を頂戴するという、これはもう手間どもの
聖安息日にかけて、誓言ずみの事柄でございまして、
それでもなお、ならぬとおっしゃいますなれば、公爵様の特権、
ヴェニスの自由ということが、問題になって参ります

...。

第四幕第一場三十六行〜三___行、中野, supra, at 112-13 (強調付加).


なお、シャイロックは外国人であり、かつ、ユダヤ人であるがゆえに、如何なる法の曖昧なグレイエリアも自分に不利に裁判所によって解釈されるであろうという危険を予想していたがゆえに、証文の文言通りの執行を執拗に主張したのである、という興味深い指摘もあります。   See Yoshino, infra, at 209.   See also POSNER, infra, at 97. 

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「具体的妥当性」(柔軟性)も必要であるという要素

『ベニスの商人』は、硬直的な法的安定性や妥協の無い先例拘束性などの弊害を示しつつ、柔軟性や具体的妥当性という視点の重要さを教えてくれるのではないでしょうか。

後掲のWillson論文は、上の評者の言い方とは少しニュアンスが違って宗教色が濃いようですが、しかし、法の硬直的解釈への批判とも読める以下のような指摘をしているので、特に以下の二段落目が参考になるでしょう。(一段落目は宗教色が濃い感じがしますが...。)

キリストは、追従者達に対して、「他人があなたにして欲しいのと同じように他人にしてあげなさい」とか、「あなた方の父親が慈悲深いのと同じように慈悲深くありなさい。」と要求した。 このメッセージは、シェークスピアの...劇中に沸いている。 正義は慈悲から生じ、その慈悲自身はキリストが世界に与えた贖罪の愛の機能なのだ。  
法律家も、シェークスピアの正義観を理解することを通じ、シャイロックとアントーニオの欠点と行き過ぎから多くを学ぶことが可能である。  個人的な報復...の欲求は、シェークスピアのキャラクター達だけに特有な人間の弱点ではない。 法の不適切で硬直な適用を引き出すために自分の力を用いても、邪悪な不正義の道に堕ちるだけである。 法律家は法の人生を生きる際に、正義のために働き、かつ、「慈悲」("mercy")と「思いやり(恩寵)」("grace")の必要性を認識すべきなのだ。 シェイクスピアのメッセージの力は、アントーニオとシャイロックのミスを、実人生に於いて痛みを伴って受忍しなくても学ぶことができる点にあるのだ。

Willison, infra, at 726 (emphasis added) (訳は評者).

Willsonは宗教色が強い気がしますが、このように文学から在るべき法律(家)の姿勢を学ぼうとする「法と文学」内の分類を、「文学の中の法」(law in literature)と呼びます。  評者の「法と文学」のページを参照下さい。

ところで、法の柔軟性の必要性に関するポズナー判事の少し詳しい説明があるので、後掲「法の硬直性に対する柔軟性の必要性に関するリチャードA.ポズナー判事の解説」の項を参照下さい。

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金、銀、鉛の小箱の籤引きによる婿定めの際のポーシャのやり方が、法廷でlawに対するequityのポーシャによる適用の手法の伏線になっているという見方

この見解は、以下の論文が紹介しています。

Kenji Yoshino, The Lawyer of Belmont, 9 YALE J. L. & HUMAN. 183, 201- 16 (1997).

すなわち、ポーシャの父親の遺言による婿選びのやり方は、彼女自身に決定権を付与しない理不尽なもの。 いわば、具体的な妥当性を欠くルールという訳です。  Yoshino, supra, at 201-02.  

そこでポーシャは、そのルールを破ることなく、そのルール=法を遵守した形式を取りながら、実質的には意中のバッサーニオに正しい籤を引かせるように持って行ったと見る訳です。 いわば、equityを用いたという解釈。

equityの影響をlawというものは存在です、しかも、equityはこれすなわちポーシャの意思以外の何者でもない、という感触を受ける、とさえ指摘しています。   Yoshino, supra, at 202.  


バッサーニオ以外の候補者には正しい籤を引かせ無いようにヒントを与えなかったのと同様に、シャイロックにも...

誤って金と銀の小箱を選らんでしまった候補者達は、ポーシャが望まない相手だったので、ポーシャは何一つヒントを与えないままに籤を引かせています。

しかしバッサーニオに対してだけは、ポーシャが望む相手だったので、ヒントを与えているという指摘があります。   ________.

同様に、シャイロックも、肉一ポンドを要求することの違法性についてポーシャから当初は 何のヒントも与えられないままに、慈悲か肉一ポンドかの選択を強いられた挙句に、誤った選択をした、という解釈があるのです。  Yoshino, supra, at 211  

もし最初から違法性をきちんと指摘されていれば、シャイロックは肉一ポンドに固執せず、罰を受けずに済んだはずなのに、という訳です。   Id.  


金、銀、鉛の小箱の象徴するもの

三名の花婿候補者達に対して小箱の機会を与えたのと同様に、ポーシャはシャイロックに対し、金または銀の小箱と、鉛の小箱との、二つの機会を与えたというのです。  Yoshino, supra, at 207-08.

金の小箱は、多くの男達が望むもの。同様にシャイロックも法のお裁判(さばき)を強く望んでいました。  Id.  

銀の小箱は、その男に相応しいもの。シャイロックも肉一ポンドは自分のもの、それを得る権利がある、入手するのが当然=相応しい、と主張していました。  Id.  

鉛の小箱は、相手に与えることを求めています。 それはシャイロックの望む肉一ポンドを与えてくれないから、金や銀のようには魅力的でありません。 相手に与えることを求める鉛は「慈悲」を表します。 シャイロックは得ることだけに固執したので、相手に与える慈悲を選択できない、という訳です。    Id.  


小箱の籤引きで破れた罰

正しい小箱を引けない候補者は、もう一生涯嫁を取ってはならないという約束でした。  この約束により、それでけの覚悟の無い候補者が籤引きに挑戦を躊躇するように、父親は仕組んでいたのです。   

従って、正しい小箱を引けなかった候補者は、もう他に嫁を娶る機会失うという懲罰を被ったのです。 

同じような懲罰を、シャイロックも、財産没収云々という形で下されたのである、とも解釈されています。  Yoshino, supra, at 209.

すなわち、小箱の籤引く同様に、裁判でも、相手に与えるという選択をした者には報酬が与えられ、逆に得ようとばかりする者には厳しい罰が下されたという訳です。  Id.  


両方の場合の双方に於いて、ポーシャは利害関係者だった

小箱の籤引きに於いてバッサーニオに手手心を加えた場合同様に、裁判に於いてもポーシャは利害関係者であるにもかかわらず判事役になり手心を加えた、という指摘もあります。   Yoshino, supra, at 211.

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ポーシャのシャイロックに対するやり口は、適正手続に反するという見方

後掲のWillson論文が指摘するように、ポーシャ等のキリスト教徒は、「慈悲」を重んじ、シャイロックに対してアントーニオへの慈悲の機会を与えています。

しかし、その慈悲を与えないシャイロックの覚悟が知れてからはじめて(しかもそれまではシャイロックの主張を聞き入れるような発言さえして彼女のことを信頼させておきながら! --- もっとも慈悲を実現するために信頼させたという好意的解釈も可能かもしれませんが...)、ポーシャは、きっかり肉一ポンドでなければならない、血を一滴たりとも流してはならない云々と言い出した挙句に(そもそも証文に血のことが書いていなかったとしても、執行する上で不可欠な点を揚げ足取り的に禁じる法解釈はナンセンスだ、とポズナーも指摘していますが)、追い討ちをかけて以下のような有名な「種明かし」をします。

Tarry Jew!
It is enacted in the laws of Venice,
If it be proved against an alien
That by direct or indirect attempts
He seek the life of any citizen,
The party' gaint the which he doth contrive
Shall seize one half his goods; the other half
Comes to the privy coffer of the state;
and the offender's life lies in the mercy
Of the Duke only, 'gainst all other voice.
待て、ジュウ、
法律はまだ一つ、其方に用がある。。
ヴェニスのこの法規定によれば、
もし外国人の身をもって、ヴェニス市民に対し
直接手段たると、間接手段たるとを問わず、
生命を脅かした犯罪事実が明白になった節は、
犯人が財産の一半は、これを
該犯人の陰謀目標たりし被告の所有に帰し、
他の一半は、これを国庫に没収する。
しかも犯人の生命は、一に大公公爵の権限に属し

一切他の発言はこれを許さずとある。 ...、

第四幕第一場三百三十八行〜三百四十八行、中野, supra, at 146-47 (強調付加).

このポーシャのやり口が不当である、という指摘もあります。  何故最初からこの「種明かし」(殺人未遂罪になる刑罰の対象になること)を、最初からシャイロックに対してポーシャは開示しなかったのか?という訳です。  Yoshino, supra, at 211.    See also POSNER, infra, at ___(ポーシャによる法廷での種明かしのことを、「帽子の中からウサギを出す」と皮肉たっぷりに表現しています。). 

もっとも評者としては、とにくかく慈悲の機会は与えていたではないか、という気もします。

それに、まぁ所詮は、劇のフィクションの中の話ですし、例えばポズナーも、この作品はいつものシェークスピア同様に、ドラマチックにさせるための  展開と言ってしまえばそれまでですが。

そんなことは十分承知の上で、しかし、やはり、「後出しじゃんけん」的なポーシャのやり口は、訴訟手続上本来はやってはならないと言われる「隠し玉」的なので、法律家には不当だと感じられてしまうのかもしれません。

またポズナーは、実はポーシャにとっても、元金の何倍も支払って友人を助けようとする夫の通りになったらポーシャの財産が減るという利害関係者だったという不当性も指摘しています。  POSNER, infra, at ___.

そのように「深読み」すると、ポーシャはシャイロックの信頼を得てから、慈悲に傾かないことを予想しつつ、ポーシャ自身の財産を守るという意図に従って、シャイロックをして財産没収という結末に行くように仕向けた、という解釈もできるかもしれません。  ちょっと根暗な解釈ですが...。

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ポーシャは、女性弁護士へのステレオタイプだ(ジェンダー?!)という見方

...。

ポーシャは法律家の役割を演じ、そして法律家というものはクロいものをシロだと言いくるめるものだという印象を与えると示唆する見方もあるようです。   See Yoshino, infra, at 216.

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ユダヤ人いじめ (差別)であるという要素

ユダヤ人としては、この劇は面白くないものだ、と当然推察されます。  実際、この劇が、ステレオタイプに基づく描かれ方をしていることを否定することは難しいと思います。

ユダヤ人からの反論が当然在り得るでしょう。

なお、後掲のWillison論文は、やはり後述するようにキリスト教的な「慈悲」をポーシャ等のキリスト教徒がユダヤ教徒のシャイロックに示しているという見解を紹介しています。が、しかし同時に、それにしても裁判に入る前にもっとユダヤ人への寛容さを示すべきであったとも指摘しています。 すなわち、以下のように...。

「汝の敵を隣人のごとく愛せ。」("Love thy enemy as thy neighbor")「汝の隣人を汝自身のように愛せ。」("Love thy neighbor as yourself")というキリスト教の教義が、バッサーニオやその友人達には欠けているように見える。 劇の終焉に於いて、もしベネチア人がシャイロックを受け入れていたならばどうなっていたであろうか、という疑問が残る。

See, Willison, infra, at 722(訳は評者).

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キリスト教的な救済物語という見方

シャイロックが最初はキリスト教の教えに背くような行為をしていながら、裁判の結果、戒められ、最後にはキリスト教に改修し救済される(ユダヤ教徒からみれば大きなお世話でしょうが、中世キリスト教から見れば「救済」salvation)、という展開は、以下のような古典および大衆文芸に通じるプロットであると見ることができます。

すなわちこの見方では、ゲーテの『ファウスト』、トーマス・マンの『ファウスト博士』、またはジョン・グリシャムの『THE KING OF TORTS』(不法行為法のキング)』に共通する見方と言えるのではないでしょうか(評者の『THE KING OF TORTS』のページの中の「倫理」の項参照)。  これらの作品では、皆、主人公が非倫理的な行いをした後に、悔い改めてキリスト教的な魂の救済に導かれてハッピー・エンドとなっています。

後掲ロー・レヴュー/ロー・ジャーナル論文(紀要)も、そのような説を、以下のように紹介しています。

『ベニスの商人』...を解釈する際の、更に理解し易く説得力のある見解は、中世キリスト教的アプローチである。  Northop Frye氏[*]は、地獄の深みから天国の永遠なる救済に至るダンテの探検の、聖書的典型が、『ベニスの商人』...におけるシェークスピアの喜劇的天才の根底を流れていたテーマであると書いている。  ...。  シェークスピア劇のリアリスティックな性格は、その劇をして「新喜劇」("New Comedy")ならしめている...。  Frye氏は更に、シェークスピア劇が宗教と強いアナロジーを有し、かつ、ヒーローとしてのキリストおよびヒロインとしての「再生」社会("reborn" society)とのロマンスも有している、と指摘している。

Willison, infra, at 705-06 (emphasis added) (訳は評者).   [*Northrop Frye, Old and New Comedy, in 22 SHAKESPEARE SURVEY 1, 1-5 (Kenneth Muir ed., 1969).を引用・紹介しながら。]

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「慈悲」対「正義/憎悪」という見方

ポーシャ等キリスト教徒達が代表する「慈悲」(mercy)に対して、ユダヤ教徒シャイロックが代表する「憎悪」あるいは冷たい「正義」との、対立構造として理解する解釈にも、説得力があります。

文学を法的に検討する「法と文学」(特に「law in literature」)的にも、評者には、冷たい正義に対抗する考え方の「慈悲」という見方は興味深いものだと思われます。

すなわちこの見方は、「law」に対する「equity」という見方に通じるものがあると思われるからです。  なお、lawとequityのバランスに関しては、後掲のポズナーも評者と同様な見解を少し詳しく説明しているので、そちら(「法の硬直性に対する柔軟性の必要性に関するリチャードA.ポズナー判事の解説」の項)を参照下さい。

ところで、「慈悲」対「正義/憎悪」という説を、以下のロー・レヴュー/ロー・ジャーナル論文(紀要)が、以下のように紹介しています。

Conghill氏は、慈悲を、旧約聖書の法に反映された厳格な正義の代わりの、キリストの贖罪の愛(redemptive love)であると見ている。  Coghill氏[*]にとってポーシャは、慈悲を代表し、かつ、正義の新しい形態を代表している。他方のシャイロックは、旧い正義の名残りなのだ。  ...。  /  旧約聖書の法と新約聖書の法との闘争という見方は、腐敗を排し、かつ、正義を達成するために法を用いる際に求められる挑戦を明らかにすることに資するのだ。  ...。

Willison, infra, at 706-07 (emphasis added) (訳は評者).  [* Nevill Coghill, The Basis of Shakespearian Comedy, in SHAKESPEARE CRITICISM 1935-1960, at 214-20 (Ann Ridler ed., 1963).を引用・紹介しながら。]

更に、同論文は、「慈悲」対「正義・憎悪」の対立構造を、以下のように説明しています。

シャイロックとアントーニオの対立が強く漂う中で、「憎悪」は劇中を貫いて響き渡っている。この一触即発的な雰囲気の中、「慈悲」と「正義」は中心的な争点になっている...。 一つの学術的な見解は、「目には目を」な古いユダヤ的な法を、特免的(dispensation)な新約聖書の見解が取って代わることの受容である、ということを中心に論じている。 しかし他の学者はこれに反対し、この劇がキリスト教的正統性の勝利であると主張する。 ,,,。 

Willison, infra, at 707 (emphasis added) (訳は評者).

「正義」と「慈悲」のキリスト教的な融合について

Willsonは続けて、中世キリスト教は伝統的に、人には四つの徳(真実、正義、平和、および慈悲)があると指摘。「真実」と「正義」は人を責めるのに対し、「平和」と「慈悲」は人を擁護する。キリストの代理人のみがこれら四つの徳の共存を実現でき、シェークスピアはポーシャをしてその役割を担わせしめて、「慈悲」と「正義」を共存させようとした、と主張しています。    See Willison, infra, at 711.

キリスト教的な「慈悲」について

更にWillsonは次のように指摘します。 ポーシャはアントーニオが死なずに済む制定法を既に見つけていたので、シャイロック[の魂]を救済(salvation)すべく、シャイロックに対してアントーニオへの慈悲を呼びかけたのだ、と。 しかしシャイロックが慈悲をアントーニオへ与えることを拒み、

"My deeds upon my head!  I crave[懇願する] the law, (t)he penalty and forfeit of my bond" 

罰はこの身で引き受けるまで![以上、傍白] 手前の望みはお裁判(さばき)、証文通りの違背金をお願いしておるんでございます。

(第四幕第一場百九十九〜二百行) 中野, supra, at 187-88.  と言うので、ポーシャは驚愕してしまう、とWillsonは分析しています。  See Willison, supra, at 712.

そして、有名なポーシャによる、どんでん返しの説示が続くのです。 きっかり肉一ポンドでなければならない、血を一滴たりとも流してはならない、キリスト教徒の血を流したらベニスの制定法により財産没収の刑に処すぞ、云々と。

抵抗するシャイロックに対しポーシャは厳しく次のように言っています。

For as thou has urgent justice, be assured(.)  
Thou shalt have justice, more than thou desir'st.
一途に正義を申立てたのはその方だ、だから、
その方が望む以上の正義を取らせようというのだ。

第四幕第一場三百八〜三百九行、 中野, supra, at 144. 

これは、慈悲の無い姿勢に対する、強い戒めの言葉だと理解することが可能でしょう。

なお、Willsonは、この後にシャイロックはキリスト教への改宗までも強いられるので、慈悲も厳しいものであるという見解を紹介しつつ、同時に、公爵が言い渡せたはずの死罪に比べればそれ程厳しくもない、という見解も紹介しています。  See Willison, infra, at 722.

ところでWillsonは、ポーシャ以外のキリスト教徒も、慈悲を示す例として、裁判官の公爵がシャイロックに対する死罪を免じて刑を財産没収に減じる点を指摘しまています。  更に、アントーニオもシャイロックが慈悲を与える点を指摘しています。  See Willison, infra, at 713.

すなわち、Willsonによれば、『ベニスの商人』は、ユダヤ教の正義に対するキリスト教の慈悲の勝利を表すという訳です。 そして、以下のように締めくくっています。

キリストは、法を満たすために地上に現れたのであって法を壊すためではない(had come to fullfill the law not destroy it)、と言っている。 シェークスピアのキャラクター達も、そのキリストの慈悲深い例に倣う方法を学んでいたのである。  ポーシャの判決のみが法を満たす(fullfill the law)のではない。公爵とアントーニオによる慈悲深いシャイロックへの扱いが、倫理的な正義を達成することにより、贖罪の手続を完結して(completes the redemtive process by achieving moral justice)いるのだ。 ...。  法は、キリスト教的な「慈悲」と「正義」の統合 --- キリスト的な愛こそがその表現なのだが --- が無ければ、人類を真実(the Truth)へと導くことができないのだ。

Willison, infra, at 713-14 (emphasis added) (訳は評者).


ユダヤ教的な「憎悪」(「目には目を」)について

アントーニオへの報復をはかろうとするシャイロックの態度は、「目には目を」的なユダヤ教の現れである、とWillsonは指摘しています。

すなわち、シャイロックは、世界(=アントーニオ?)が自分を蔑んでいることを十分認識していたので(ですからシャイロックj自身も犠牲者です)、アントーニオの借金の担保を報復の好期ととらえたという訳。 そして、

ベネチア人に対し、彼ら自身の法の文言を執行(by enforcing heir own "letter" of the law)させることで、彼ら自身のゲームを用いて(at their own game)、仕返しをすることを望んだのだ。

という訳です。  Willison, infra, at 721  (訳は評者).

現代の中東に於けるイズラエルとアラブの対立を想像させる分析ではないでしょうか。

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法の硬直性に対する柔軟性の必要性に関するリチャードA.ポズナー判事の解説

前述の通り評者は、『ベニスの商人』の中に、法律上のテーマとして、「法的安定性」対「具体的妥当性」という対立概念を主に感じて来ました。  すなわち、法は硬直性だけではよろしくなく、柔軟性も必要であるというテーマです。

この評者と感じような感覚を、リチャードA.ポズナー判事も感じ取っていたようで、以下、彼がこのテーマを解説しているので、紹介しておきましょう。

出典は法と文学の著書として有名な、 RICHARD A. POSNER著『LAW AND LITERATURE 』(Revised and Enlarged Ed. 1998)です。

  Equityは...アリストテレスの昔から、西洋法律概念の一部であった...。  法は、結果如何にかかわらず徹底的に執行されなければならないような柔軟性を欠くルールから構成されているだけではないすなわち、改善的な理論(meliorative doctrine)もまた、法の一部なのだ。 ...。  合法的な刑罰は、範囲(a range)であって点(a point)ではない。[すなわち]英米法は常に法執行者に対し、違反[行為]の全てを[必ずしも]訴追しない裁量権を付与すると共に、各違反[行為]類型内に於いても判事が被告人の行為の加重状況あるいは減刑状況に鑑みて量刑を変化させることを許容しているのである。
  
  このように、刑罰に於いて「ルール」と「裁量」とが混合することいついては、...確固たる功利主義的(utilitarian)な理由も存在する。 立法者に於いては、自らの[立法した]法が破られるかもしれない具体的な状況についての情報を欠いているから、立法者は刑罰の上限のみを固定化(fixes)させておいて、各犯罪者の行為と状況に適するような刑罰を課す仕事は訴追者、判事、および時には矯正機関に委ねるのである。 これは合理的な作業の分配(a rational division of labor)であり、法の理念に相反するものではない。  

  ...。  
シャイロック、...が法(law)を代表し、ポーシャと公爵が非法(non-law)を代表するという[解釈]は誤りである。 前者...はスペクトラムの一端を代表し、後者は反対側の一端に近いのに過ぎないのだ。 以下の表の左辺の段落は法を、執行しかつ紛争を決定する責任を委ねられている人々とは独立したものとして、...多様な言葉を、法哲学的、哲学的、心理学的、機関的に、抽象的に表現している。
これら[左辺の]言葉は、裁量権と人間的要素を極小化し、同時に、「規範性」("ruledness")と「法律主義」("legalism")を極大化する方法を示唆している。そこで強調されるのは、専門職性(professionalism)であり、論理であり、厳格な規範であり、厳格な区別、実定法(positive law)、及び、「ハード」ケース("hard" cases)(難しい事件、という意味ではなくて、厳しい結果に至る事件、で頭と心が完全に乖離している -- head and heart are firmly separated-- ことを示すもの)であって、事案の具体的状況すなわち感情的な綱引き(the tug of emotion)からの抽象化であり、当該紛争の人間的な性格(personalities)からの抽象化である。

___________________.

法的二律背反の表
TABLE OF LEGAL ANTINOMIES
形式主義 formalism 現実主義 realism
法の統治 government of laws 人の統治 government of men
法 law 政治 politics
法 law 衡平 equity
法 law 慈悲 mercy
法 law 正義 justice
規範 rule 裁量 discretion
法規・規定 rule 標準・基準 standard
準則 rule 原則 principle
法的な規範 legal rule 衡平的格言・金言 equity maxim
即違法の原則 per se rule 合理の原則 rule of reason
論理 logic 政策 policy
硬直的 rigid 柔軟的 flexible
正解 right answers 良い答え good answers
実定法 positive law 自然法 natural law
先例拘束性 decision by precedent 仲裁 arbitration
判事 judge 恣意・裁量的(クーディ)、陪審 Qadi, jury
厳格責任 strict liability 過失 negligence
契約の客観理論 objective theory of contracts 主観理論 subjective theory
客観 objectivity 主観 subjectivity
没個性 impersonality 個人主義 personalism
原理的 principled  結果指向 result-oriented
権利 right 需要 needs
権利 right 権力 might
制定法 statute law 判例法 common law
制定法 statute law 憲法 constitutional law
[憲法学に於ける]解釈主義 interpretivism 非解釈主義 noninterpretivism
厳格解釈 strict construction 柔軟または緩慢解釈 flexible or loose construction
文言 letter 精神 spirit
判事は法を発見する judge finds law 判事は法を創造する judgs makes law [judicial legislation]
   ___________________.

...。  市民社会はどこでも、右辺の段落に掲載された言葉の全てあるいはどれかによって、厳格な法律主義を和らげている。 何故なら規範の厳格な執行は耐え難いものであり...、法は、法による支配(governance by rules)の「技能」(art)[強調は原文]であって、単なる執行の自動的な機械(an automated machine of enforcement)ではないのである。  極端な超法律主義(hyperlegalism)も、逆の極端である純粋な恣意的正義の制度(discretionary system of justice)も、どちらも原始的な社会にしか見受けられない。 成熟した社会では、厳格な法が裁量と混合しているのである。 表の中の全ての項目は、現代アメリカ法の特徴である。 [これらの]混合は法の理念と相反するものではない。むしろ、それこそが法の理念であり[強調は原文]、文学は我らがそれを見る手助けとなっているのだ。 

POSNER, infra, at 119- 21 (emphasis added)(訳は評者).

さて、ここで課題です。

上のポズナーが示した「法的二律背反の表」の中から、以下の言葉の意味を調べて来て、その言葉と対立する言葉との対立理由を説明しなさい。

「衡平」、「裁量」、「即位法の規範」、「即違法の原則」、「実定法」または「自然法」、...。

なぜ肉一ポンドの担保執行が許されざるべきか。ポズナー見解

ところで、この件について、彼はこう言っています。 そもそも担保の目的は、元金返済を確かなものにすることにある。 本件では、友人のバッサーニオが元金の何倍もの金を支払うと言っているのだから、担保の目的を考えれば担保執行は不当、ということになる、と。  POSNER, infra, at ______. 

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 「law」対「equity」の対立を『ベニスの商人』の中に見る。

調べてみるとこの見解は、研究者の間では非常に一般的なことが判明します。

たとえばBilelloは、概ね以下のように指摘しています。

 この劇の法廷場面が、コモンローの字句解釈主義の酷な面と、衡平法的解釈の柔軟性との対立を精査している点に於いて、批評家の見解はほぼ一致している。 / 

See Bilello, infra, at 109-___.

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2005年秋に日本で公開された映画「ヴェニスの商人」の寸評

今秋(2005年10月)に日本公開予定の、アル・パチーノ主演映画「ヴェニスの商人」の試写会に招待されましたので、寸評を記載しておきましょう。

同映画のオフィシャル・サイトは以下参照。

<http://www.sonypictures.com/classics/merchantofvenice/flash.html>(last visited July 12, 2005 JST).
【評者注1: POSNER, infra, at 106.
【評者注2: Anita L. Allen & Michael R. Seidl, Cross-Cultural Commerce in Shakespeare's The Merchant of Venice, 10 AM. U. J. INT'L. & POL'Y 837, 851 (1995)("Modern productions have made Shylock a sort of tragic hero even though Antonio is the title character"と指摘しています).
【評者注3: Id.
【評者注4: See, e.g., Allen & Seidl, supra note 2, at 841 & n.16(アントーニオは自らの肉一ポンドを惜しげもなく差し出すことで、バッサーニオへの"love"を得ることができたと指摘).
【評者注5: Id. at 851(登場人物が結婚してめでたしめでたしという伝統的なプロットと異なり、ユダヤ人差別を含めているためにa "problem play"[問題劇]に仕上がっている、と同戯曲の陰鬱な印象を指摘).

July 12, 2005.

 

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出典/参考文献

 Thomas C. Bilello, Accomplished with What She Lacks: Law, Equity, and Portia's Con, in THE LAW IN SHAKESPEARE (Constance Jordan & Karen Cunningham ed. 2007).

RICHARD A. POSNER, LAW AND LITERATURE  (Revised and Enlarged Ed. 1998).

Michael Jay Willison, A View of Justice in Shakespeare's The Merchant of Venice and Measure for Measure, 70 NOTRE DAME L. REV. 695 (1995).

Kenji Yoshino, The Lawyer of Belmont, 9 YALE J. L. & HUMAN. 183 (1997).

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【未校閲版】without proof

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