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ジョン・グリシャム

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ジョン・グリシャム著

THE TESTAMENT(遺言状)の研究

中央大学教授(大学院&総合政策学部)および
米国弁護士(NY州法曹界所属)
平野 晋

Susumu Hirano
Professor, Graduate School of Policy Studies, Chuo University (Tokyo, JAPAN)
Member of the NY State Bar (The United States of America)


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First Up-loaded on Apr. 24, 2000.   1st proof reading on Feb. 25, 2003.

 アメリカリ破産法協会誌におけるよる分析より。

(出典: Romaine S. Scott III, (BookRview) The Testament, 1999 AMERICAN BANKRUPTCY INSTITUTE JOURNAL LEXIS 63 (Maly 1999).)

Up-loaded on  Nov. 15, 1999
Re-located on Nov. 21, 1999
Revised on Nov. 24 & 29, Dec. 5, 13, & 16, 1999; Mar. 9, 2000; Nov. 7, 2006. 

あらすじ

コングロマリットを形成する企業集団の持ち主として十数億ドル(円ではない!)の資産を保有する、文字通り億万長者の老人フェランは、死を願っていた。三度の離婚と、その際にもうけた出来の悪い6人の子供たちに悩まされていたのである。彼ら家族は揃いも揃って禄でもない生活を送り、これまでもフェランからもらった大金を全て浪費してきた。もし遺産を残しても、やはり浪費されて家族はますます堕落するばかりだろう。

フェランは遺書を弁護士に作らせては破棄し、また新しい遺書に書き換えるという行為を繰り返えしていた。あるとき、家族に遺産を残すことなくすべてを慈善団体に寄付しようとしたフェランに、家族は猛反対をする。そして、フェランの意思「無」能力を証明すべく、家族は精神医らの前でフェランを鑑定にかけたけれども、鑑定人はフェランを正気であると認定し、フェランは家族に十分な分配が行くような新しい遺書に家族の前で署名させられたのだった。この儀式が無事に終わったと思って家族が安心してフェラン所有の本社ビルから退去しはじめた途端、フェランは顧問弁護士(ジョシュア --ジョッシュ-- スタッフォード)の前で別の手書きの遺書を取り出し、先ほど家族の前で署名した遺書の破棄を宣言した上で、新しい手書きの遺書に署名をし、いきなりビルのバルコニーに駆け出して飛び降り自殺を遂げる。

…。
  [以下、原作を参照。]

(未校閲版)

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総評

慈悲にあふれたレイチェルの遺書の内容は、同じ形式を採ったフェランの遺書が人間不信に満ちたものだっただけに、好対照を形成し、人間愛の大切さを感動と共に読者に与えてくれます。

迷える子羊の主人公ネイト弁護士が、レイチェルとの出会いを契機に、徐々に慈悲の気持ちを持ち始めるという心の変化も、やはり最後の遺書の場面でその意味が読者に納得できるように書かれていて、素晴らしいストーリー運びだと云えるでしょう。

すなわち、欲深な人間の性と、精神的な幸福のシンボル(?)的なレイチェルとの対比を、非常に効果的に際立たせることで感動を呼ぶクライマックスに仕上がっております。
 

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各論

今回のグリシャム作品の見所は、「デポジション」(deposition)と呼ばれる「証言録取」のシーンでしょう。法廷ミステリーに分類されるグリシャム作品(『評決のとき』『陪審評決』『レインメーカー』等々)では、普通、「トライアル」(trial)と呼ばれる「集中審理・事実審理・公判」のシーンがもっとも盛り上がりを見せるクライマックスになっております。(それも陪審員が事実認定等を行なう「陪審裁判」における展開で最高の山場を見せるのが従来のパターンでした。) しかし今回の『THE TESTAMENT』では、裁判手続がトライアルにまで進まず、その手前(プリ・トライアル手続)の中のもっともドラマチックな場面であるデポジションとその後の和解会議で終わっています。

 用語解説

 「デポジション」(証言録取)とは...:

プリ・トライアル手続・ディスカバリー(開示手続)の一つで、トライアル前に証人から証言を録取する手続。裁判所の外(たとえば法律事務所の会議室やホテルの部屋とか、日本で米国弁護士がデポジションを行なう場合などはアメリカ大使館内の一室を用いる)にて行われるのが普通。原告あるいは被告側のどちらにもデポジションを請求する権利があり、トライアルの前に直接口頭でインタラクティヴに証人から証言を得てトライアルを準備するのが目的。

デポジションに参加するのは、証人自身と、デポジションを請求した側の弁護士と、反対側の弁護士に加えて、デポジションのやりとりを一字一句記録する速記者(ステノグラファー)も同席します。判事はわざわざデポジションの場に出席せず、デポジション(を含む個々のディスカバリ手続)の実施は当事者同士で行なうのが原則です。

たとえば、もし原告側の弁護士が、被告側の証人に対してデポジション請求をした場合、デポジションの場に出席するのは以下の者たちになります。

この場合、原告側弁護士が被告側証人に訊きたい質問を口頭で次々と行ない、証人は真実のみを証言するという宣誓をした上で応えさせられるので、嘘をつけば偽証罪に問われることになります。ここでの会話は、原告側弁護士の様々な「いやらしい(!)」質問に対して証人がもっぱら応えるということになります。しかし被告側弁護士も始終黙っている訳ではなく、苦しい質問やきわどい質問に窮する証人に対して助け船を出すべく、異議(objection)を申し立てたり、応え方を示唆したりする(たとえば「その質問に応える必要はない」云々というちゃちゃを入れたり、回答を教唆したりする)ような戦術を採りがちです。

このような被告弁護士による妨害があまり度を越したり、証人がきちんと原告側の質問に応えなかったりすると、原告側弁護士は担当判事(普通はmagistrate judgeと呼ばれる、プリ・トライアル手続を司どる下級判事)のところに電話で苦情を申し立てて、裁判所命令を発出させ、きちんと回答させるように強要を試みることもあります。ちなみに裁判所命令が出てしまうと、それに応じない場合には「法廷侮辱罪」という恐ろしい制裁が判事の裁量権で課されてしまうので要注意である(判事は広い裁量権を付与されています)。

デポジション内容の記録の仕方は、原則は「ステノグラフィー」(速記)であるけれども、最近ではビデオによる録画も併用されるのが普通です。この内容は非常に長きに渡るので、依頼人企業のためにその要旨を作ることなども、法律事務所の収入源になる(すなわち、たとえば企業被告の証人が消費者の原告側弁護士に証言録取された、だらだらとした質疑応答の内容を、被告企業側のアソシエイト弁護士が要旨にまとめれば、それに掛かった時間に時間単価を乗じた弁護士報酬を依頼人たる企業被告に請求できる訳です。ちなみにアソシエイト弁護士はこのような下働きで、法律事務所のために稼ぐことを求められるのです)。
 

今回の作品のもう一つの見所といくかいつもとの違いは、「検認裁判」(probate court)と呼ばれる特殊な裁判所が舞台になっている点です。検認裁判とは、遺書の有効性などを認定する特殊な裁判所のことです。
 
(未校閲版)
 

____________.
 

本書におけるロイヤー・バッシングな場面

弁護士をネガティヴに描くグリシャム作品では、ロイヤー・バッシングな場面もしばしば見受けられます。レイチェルがネイトに身上を訊ねる以下などはその例かもしれません。
 

   'Did you want to be a lawyer when you grew up?'
   'Of course not.   No kid in his right mind wants to be a lawyer.   I was going to play for the Colts or the Orioles, maybe both.'

同書262頁(emphasis added).
 
 

本書における弁護士の倫理感の欠如に関する表現

グリシャム作品は、ネガティヴな弁護士イメージを表している点に特徴があります。本書において倫理感を欠如した弁護士の姿を表現した場面には、次のようなものがあります。

When Snead was asked a question that needed assistance, he responded by saying, 'Well, I haven't thought about that.'   The lawyers would then reach out to help.   ...
....
Snead was coarched by the lawyers, ...

同書360頁

デポジションにおいて、敵側弁護士の質問に対して証人が不利な回答をしないように味方側弁護士が「指導」あるいは「教唆」したり、または証言をあらかじめ「訓練」することは、ゲーム的な戦術に走り勝ちで倫理的に好ましくない慣行であると、最近批判が高まっています。そんな批判の対象になっている慣行を上の場面は象徴していると思われます。
 
 

その他のネガティヴな弁護士イメージの表現

6人の遺族を代理する6つの法律事務所が、ほとんど同じような仕事をリダンダントに行なって非効率に高額な報酬を得ようとしているという表現が、以下のように見られます。
 

[Rex Pheran] was only Pheran heir with both the aptitude and the stamina to read all six of the petitions contesting Troy's will.   When he finished, he realized that six law firms were basically duplicating each other's work.   In fact, some of the legalese sounded as if it had been borrowed from the last petition, or the next one.

....

'Well I've read them, slowly and carefully, and they're all the same.   We have six law firms doing the same work, all attacking the same will.   It's absurd.'

300-301頁

一流法律事務所が高級な調度品などを使って依頼人から高額な報酬を巻き上げているというイメージの表現が以下のように見れられます。
 

... Hemba and Hamilton's firm was intimidating.   Four hundred lawyers.   Marble foyers.   Art on the wall.   Somebody was paying for their good taste.

301頁

...
 
 
 鑑定人

陪審裁判制度の欠点の一つとして、原告・被告両当事者がそれぞれ自らに都合の良い鑑定人を雇って、その鑑定人が雇われた当事者から報酬を得て都合の良い意見証言をしてしまうという点がしばしば指摘されています。特に、いわゆる「ジャンク・サイエンス」と呼ばれる、怪しい科学を操って、素人の陪審員の判断を惑わすような慣行が批判にさらされており、そのように金のために都合の良い意見証言をする鑑定人はしばしば、弁護士の会員雑誌などの後ろの広告頁で宣伝をしたりしているのです。以下は、そのような慣行を揶揄した場面と云えるでしょう。
 

New psychiatrists were found.   Hark brought the first one, at three hundred bucks an hour.   He found him in a magazine for trial lawyers, in the classifieds, among the ads for everything from accident reconstructionists to X-ray analysts.

同書211頁。
 
 
一流ロースクール/一流法律事務所に対するコンプレックス

グリシャム作品ではしばしば、一流ロースクールや一流法律事務所に対するコンプレックスが露に表現され、彼らがネガティヴに描かれがちです。本書でも、6人の遺族の弁護団の中の一流事務所(Hemba and Hamilton事務所)と無名の怪しい弁護士(HarkやBright)との意見の対立を皮肉たっぷりに以下のように表現しています。以下の場面は、スニードに手付金をあげて偽証をさせようというBrightらの提案に対して、Hemba and Hamilton事務所の弁護士がそのような違法行為への参加をちゅうちょしてまず事務所と相談したいと述べたところ、相談することは守秘義務違犯である、とBrightに釘をさされてしまう場面です。
 

   'We don't know if [Snead] is lying.'   Hark responded.   He could anticipate every question.   'No one knows.   He was alone with Mr. Pheran.   There are no witnesses.   The truth will be whatever Mr. Snead wants it to be.'
   'This sounds shady,' Hemba added.
   ....
   Hemba and Hamilton were big-firm lawyers, unaccustomed to the dirt and grime from the streets.   ..., but their clients were rich corporations that used lobbyists for legal bribery to land fat government contracts and hid money in Swiss accounts for foreign despots, all with the help of their trusty lawyers.   But because they were big-firm lawyers they quite naturally looked down upon the type of unethical behavior being suggested by Hark, ... and the other ham-and-eggers.

Hemba and Hamilton were squirming.   'We'll have to discuss it with our firm,' Hamilton said.
'Do we have to remind you boys that all of this is confidential?    Bright said.   It was comical, the street fighter from night school chiding the law review editors on ethics.

「the street fighter from night school」という表現や「the law review editors」といった表現も、法曹界における階級意識を表しているのではないでしょうか。

288-90頁(emphasis added)
 
 なお、一流ロースクールへのコンプレックスではありませんけれども、以下の表現はアメリカ社会における学歴差別を示唆してくれるものかもしれません。(故フェランの6人の嫡出子の一人の女性Geena Pheranが二度目に結婚した主人のCodyの一家 --造船で財を成した名門の一家-- から差別されているという場面において。)
 

But she would always be looked down on because she was a divorcee and poorly educated at non-Ivy League schools...

同書131頁(emphasis added).
 
 

本書におけるアイロニーな表現
 
デポジションでは、証人に対して敵側の弁護士が容赦なく質問してくる内容に対して、証人は真実を述べなければ偽証罪に問われます。一度でも経験すれば分かりますが、できれば一生こんな経験はしたくはないというのがデポジションなのです。デポジションに掛かる時間は、短ければ数時間で終わる場合もありますけれども、敵側の弁護士が責めたてたいと望んでいる重要証人の場合は特に長きに渡り、1日で終わらずに翌日も応じなければない場合も少なくありません。翌日も同じ証人に対してデポを引き続きやりたいと要求するネイトを、グリシャムはこんな風にアイロニーたっぷりに表現しています。
 

"Can we start at eight in the morning?" Nate asked, as if they were going to the beach.

同書398頁(emphasis added).
 
 
 

女性に優しい

グリシャム作品における女性の描き方には、同氏の女性に対する優しさが現れているように評者には思われるのですが。女性を悪く描く例は見当たりません。グリシャムは紳士なのでしょう。今回の作品でも、そのような優しさの現れた表現が以下に見られます。
 

The tears of a woman melted the facade of coolness, whether in a bar or sitting by a river.

同書272頁(emphasis added).
「whether in a bar or sitting by a river」という韻を踏んだ表現もオシャレです。
 
(未校閲版)
 
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