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「ジョン・グリシャム」
Susumu Hirano
Professor, Graduate School of Policy Studies,
Chuo University (Tokyo, JAPAN)
Member of the NY State Bar (The United States
of America)
Copyright (c) 1999-2004 by Susumu Hirano.
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当サイトは小説家・米国弁護士のジョン・グリシャムの作品の研究、批評、分析、およびそれを通じた法律学の研究教育用サイトです。
First Up-loaded on Apr. 24, 2000. 1st proof reading on Feb. 25, 2003.
(出典: Romaine S. Scott III, (BookRview) The Testament, 1999 AMERICAN BANKRUPTCY INSTITUTE JOURNAL LEXIS 63 (Maly 1999).)
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Up-loaded on Nov. 15, 1999
Re-located on Nov. 21, 1999
Revised on Nov. 24 & 29, Dec. 5, 13,
& 16, 1999; Mar. 9, 2000
コングロマリットを形成する企業集団の持ち主として十数億ドル(円ではない!)の資産を保有する、文字通り億万長者の老人フェランは、死を願っていた。三度の離婚と、その際にもうけた出来の悪い6人の子供たちに悩まされていたのである。彼ら家族は揃いも揃って禄でもない生活を送り、これまでもフェランからもらった大金を全て浪費してきた。もし遺産を残しても、やはり浪費されて家族はますます堕落するばかりだろう。
フェランは遺書を弁護士に作らせては破棄し、また新しい遺書に書き換えるという行為を繰り返えしていた。あるとき、家族に遺産を残すことなくすべてを慈善団体に寄付しようとしたフェランに、家族は猛反対をする。そして、フェランの意思「無」能力を証明すべく、家族は精神医らの前でフェランを鑑定にかけたけれども、鑑定人はフェランを正気であると認定し、フェランは家族に十分な分配が行くような新しい遺書に家族の前で署名させられたのだった。この儀式が無事に終わったと思って家族が安心してフェラン所有の本社ビルから退去しはじめた途端、フェランは顧問弁護士(ジョシュア --ジョッシュ-- スタッフォード)の前で別の手書きの遺書を取り出し、先ほど家族の前で署名した遺書の破棄を宣言した上で、新しい手書きの遺書に署名をし、いきなりビルのバルコニーに駆け出して飛び降り自殺を遂げる。
顧問弁護士のジョッシュが手書きの遺書を読んで驚いたことには、その内容は以下のようなものだった:
まさか自分達への分配がほぼ当てにできない内容に遺書が書き換えられたことを知らされていない6人の子供達は、何億ドルもの遺産が転がり込むという偽りの約束に酔わされて、早くも無駄使いしはじめるのであった。
ところで多額の遺産をほぼ一人占めにできると遺言で指名された隠し子レイチェルは、かつてフェランが秘書の女性に「お手つき」をしてできた非嫡出子で、生まれたときにすぐ里子に出されたため、自分の父親が大金持のフェランであることなどつゆとも知らないと思われていた(しかし後で、実は知っていたということが判明するのだが)。
今、レイチェルは、世俗とは無縁な慈善団体「World Tribe」に参加して、ブラジルの未開部族への布教活動に従事して神に身を捧げたような生活を送り、さらにはその正確な所在地さえも不明であった。なんと皮肉なことか... 金に執着して堕落した家族にはほとんど遺産が残されず、世俗とは無縁にジャングルで神に仕える不運な人生の女性にいきなり十一億ドルもの大金(但し相続税引き前の金額)が転がり込むとは!!
ところで老人の遺言執行を委任された顧問弁護士ジョッシュの事務所には、アルコール依存症で、療養施設の出入りを繰り返している訴訟部門のパートナー(ネイト・オリリー)が居た。ネイトは二度離婚し、その子供たちも手紙一本くれないという寂しい人生を送っていた。事務所は、ネイトにフェランの隠し子レイチェルを捜索させることにする。時はちょうどクリスマス直前。誰もが家族と一緒に過ごしたい時期だったけれども、孤独なネイトにはちょうど気晴らしになるミッションだと思われた。
ネイトはさっそくブラジルのサン・パウロ経由で田舎町まで行き、英語の分かるローカル・カウンセル(現地弁護士)の協力を得て、軍人上がりの助手(ジェヴィ)とセスナのパイロットと共に、小型飛行機以外には何の交通手段もないジャングルの奥地に捜索に向かった。しかし運の悪いことに天候が悪化し、セスナはプランテーションで不時着。軍隊に救援を求めて、九死に一生を得る。
飛行機による奥地への接近を諦めたネイトは、今度はジェヴィらと共に船で捜索に向かうことにした。川幅が狭まり母船では先に進めなくなったので、ネイトとジェヴィの二人だけで小さなボートに乗り移った。その頃、母船は嵐で転覆し、船員はローカル・カウンセルの居る町まで生還したけれども、ネイトらとの接触は断たれてしまう。
ところで小さなボート上のネイトらが、嵐の中を必死の思いで川を上ると、裸族の原住民の集落に到着した。原住民は、黄色の半袖ブラウスとキュロットを履いた42歳の愛らしいスレンダーな白人女性を連れて来た。レイチェル・レインだった。レイチェルは学部を卒業後、メディカル・スクール(医科大学院)に進学し、原住民へ医療を施しながら布教活動を続けていた。(そして皮肉なことに、ネイトの専門は医療過誤を専門とする訴訟弁護士で、医師を糾弾する立場にあった。もちろんそんなことをネイトはレイチェルに打ち明けないのだが。) レイチェルは英語をしゃべることも久しぶりであるらしく、故郷のアメリカを非常に懐かしがりながらネイトとの出会いを歓迎してくれる。しかし懸念した通り、遺言の件には全く関心を示してくれなかった。
二人きりになったある夜、レイチェルはネイトに訊ねる。結婚は?家族は?妻を愛していたのか、と。
ネイトは打ち明ける。離婚、アルコール依存症。最初は妻と上手くやっていたけれども、次第に憎しみ合うようになったこと。そして今は孤独なことをも。
ネイトはレイチェルに遺産を引き継ぐように説得する。遺産の額は十一億ドル。前代未聞な大金である。しかしレイチェルは逆にネイトに問い掛ける、お金が何になるのか、それで人は本当に幸せなのか、ネイトも所詮はそのような物欲の世界の人なのか、だからこそ孤独じゃないのか、と。
ネイトは反論する。アメリカに戻って家族を持ってみても良いのではないか、セックスの喜びも捨て去るのか、恋に堕ちたことはないのか、と。
レイチェルは応える。メディカル・スクールで好きになった人がいたけれども、神に身を捧げる決心をしたのだ、と。
ネイトは訊く。名声は?大金を相続すれば有名人になれる。人は誰でも、セレブになりたがるものです、と。
レイチェルは応える、やはりネイトもそんなものを欲しがるのか。そこに本当の幸せがあるのか、と。
...。
結局、レイチェルには遺産を承継する意思のないことがハッキリするのであった。
ネイトとレイチェルは、互いに惹かれ合うものを感じながらも、レイチェルは、周辺でマラリアが流行りはじめたから早く帰国するようにとネイトを促すのだった。
帰国の途について小型ボートに乗った途端、ネイトは急に高熱を発して寝込んでしまう。マラリアではなく、デング熱だった。生死の境をさまよったネイトは、意識が朦朧とした中でレイチェルの幻を見る...。慈愛に満ちたレイチェルの幻は、ネイトが死ぬことはない、と言い残して消えて行った。九死に一生を得たネイトは、ワシントンDCに帰国し、出張の結果をジョッショに対して報告するのだった。
ところで、そうこうしているうちに、フェランの遺言が裁判所命令により開示され、期待していた遺産を得られないと知った遺族らは、それぞれの弁護士を通じて遺書無効の訴えを起こすことにする。しかし、死の直前に三人の鑑定人が故人の正気を確認しているので、意思「無」能力を理由に遺書の無効を裁判所に認定させるのは難しい。敢えていえば、自殺したという事実が正常な意思ではなかったという主張の根拠になるかもしれない。それにしても、フェランは明らかに計画的にこの自殺を実行したと思われるので、やはり意思「無」能力が認定されるのは難しいかもしれない...。いずれにせよ、最後の遺書の無効を争うことで失うものがほとんどない6人の子供らは、やはり同じく欲に目のくらんだ弁護士らをして遺書の無効を争わせることにしたのだった。
決め手を欠く6人の子供らに、一縷の望みを与えてくれる証人候補が出てくる。彼(スニード)は、フェランの召し使いで、長年の間故人のために文字通り24時間仕えてきたので、遺言書には自分宛にも何がしかの退職金的おこぼれにあずかれる記載があるものと期待していたのであった。身を粉にして貢献してきたにもかかわらず、期待をまったく裏切られた召し使いは、故人の死の直前にも側近くに居た立場を利用して、6人の子供らの弁護士に「売り込み」に来たのだった。
すなわちスニードはフェランの側近で死ぬ直前にも側に居たから、どのような証言でも望み通りにできる。死ぬ直前にフェランは気がふれていたと自分が言えばそういうことになるし、逆に正気であったと言えばそういうことになる。何と云っても死ぬ直前まで近くに居てフェランの心理状態を一番知り得る立場にあったのはほぼ自分だけなのだから。もっとも、フェランの女性秘書(ニコレット)も近くに居た人物と云えるけれども、スニードはニコレットを抱き込むことができる。つまりスニードは、6人の子供らに都合の良い偽証をしてあげると持ち掛けているのであった。その代わり、50万ドルの手付け金に加えて450万ドルの成功報酬という対価をスニードは要求してきたのだ。贅沢三昧の暮らしで借金漬の6人の子供らには、手付金を支払う余裕がない。そこで6人の遺族らの弁護団は、それぞれ手付金を拠出する会議を設けるが、弁護団の中の一流事務所の弁護士はそのような違法なスキームへの参加を躊躇する。しかし結局、そのような反対派の弁護士を弁護団から排除することで、弁護団はスニードを買収し偽証させる作戦を採ることにするのだった。
その頃ジョッショはネイトを説得し、遺産を引き継ぎたがらないレイチェルには無断でネイトがレイチェルの代理人として訴訟に応じることにした。6人の遺族からの遺言書無効の訴えに対する答弁書を、ネイトはレイチェルの代理人として提出する。裁判はトライアル前の開示手続に突入し、ネイトは6人の遺族側の証人に対して次々と「デポジション」(「証言録取」、後掲の用語解説の欄参照)を実施する。医療過誤の訴訟を専門にしてきた百戦練磨のネイトによるデポジションの前に、遺族の無駄使いや自堕落な生活が次々と白日の下に明らかにされて行く。そしてネイトのデポジションは、故フェランの召し使いであるスニードにまで行われた。6人の弁護団による特訓を積んで、抜け目のない偽証をしっかり行なえるような証言準備に怠りないスニードに対し、ネイトは予想を越えたぶしつけな質問からデポジションを始めるのだった。
「スニードさん、本件で証言なさることでいくらもらえるのですか?」
いきなりセンシティヴなイシューを質問されたスニードは、フイを突かれた形になって答えに窮してしまい、そこをネイトが容赦なく追求して来る。
「答えて下さい、スニードさん。私たちはあなたが証言の対価を得ることは承知なんですよ。いくらなんですか、対価の額は?」
結局スニードはネイトの勢いに負かされ、一部は予定通りフェランの気が触れていたという偽証をできたとはいえ、全体的に信憑性を崩される格好になってしまった。
スニードに継いで行われた、フェランの最後の秘書であったニコレットへのデポジションでも、彼女がフェランと性的な関係にあったという偽証が簡単にネイトに見破られ、信憑性を失わされてしまったのであった。
召し使いスニードらによる偽証という強力な武器を無力化され、このままトライアルに突入しても陪審員の同情を惹けそうにないという窮地に立たされた6人の遺族側の弁護団は、勝訴して遺書を完全に無効にできないまでも、示談によって何らかの分配を得ようと考えた。そのためには、レイチェル側の弱点を突かなければならない。そして、レイチェル自身が法廷に出頭しないばかりか裁判書類にもまったく署名をしていないことから、レイチェルにはもしかすると遺産を引き継ぐ意思がないとにらんで、答弁書の却下を申し立てて来たであった。ジョッシュとネイトにしてみれば、最も弱い点を突かれた訳である。
和解会議が開催され、ジョッシュは6人の遺族側のcaseが弱いと主張し、スニードなどの証人の信憑性の低いことも指摘。6人の遺族側の代理人(ホーク弁護士)も、自らのcaseの弱さを認めつつも、遺族らが浪費僻を身に付けたのは無理からぬことであると主張して、慈悲を求めた。判事は、レイチェルが本件で不可欠な当事者であることから答弁書却下の申立を認めない決定を下す。しかし判事は同時に、陪審裁判になれば結果は誰にも分からないと指摘して、どの判事もがやるのと同様に和解を促した。ネイトは遺族一人当たり20百万ドルでの和解案を提示し、ホークは一人当たり50百万ドル未満での和解はあり得ないと反論。50百万という額だけを見れば多額かもしれないけれども、それでも相続税控除後の遺産総額から見れば5%にしか満たない点をホークは強調した。結局ネイトが遺族一人当たり50百万ドルを与えて和解する案をレイチェルに薦めるということで和解案の成立に至った。
この和解案を受けてネイトは、ジェヴィを従えて再びブラジルのジャングルに進んでいく。果たしてレイチェルは会ってくれるだろうか。ジョッシュとネイトは既に共同して、レイチェルが引き継ぐ遺産を信託にして慈善活動に使えるような文書を作成し、後はレイチェルがサインさえすれば良いように準備していた。もしレイチェルがサインをしてくれなければ、遺書も信託も無効となって、遺産は6人の遺族に分配されることになる。ジャングルの中の川を遡り、懐かしい集落が近づいて来ると、岸辺に酋長が居た。レイチェルの姿は見えず、酋長がレイチェルの小屋にネイトとジェヴィを連れて行く。
小屋の中にはレイチェルの亡骸が横たわっていた。マラリアの病に倒れたという。酋長は、レイチェルが死ぬ間際にネイトへ渡して欲しい頼んでいた箱を渡してくれた。箱の中には、ネイトがレイチェルの所属する慈善団体経由でレイチェル宛に発信した郵便物があった。ネイトは、レイチェルが欲しがっていたブラジル原住民のための医薬品や小型ボートなどを購入するための小切手と共に、遺産を引き継いで慈善活動のために資するべきであると説得する手紙を出していたのだ。さらにネイトはその手紙の中で、ネイト自身がレイチェルとの出会いをきっかけに心を入れ替え始めて地元の牧師との交流を深めている、といった話もレイチェルに打ち明けていた。その手紙の入った郵便物がレイチェルの箱の中に納まっていたのである。そしてその下には、「レイチェル・レイン・ポータの最後の遺書」と書かれた封筒があった。封を開けると、レイチェルの自筆の遺書が入っていて、その遺書には、近郊の町のブラジル弁護士と公証手続によって有効性が確認された旨の証明書が付いていた。
レイチェルの自筆の遺書の形式は、父フェランのそれ同様な形式を踏襲してあり、概略次のようなものであった。
遺書の日付は1月6日となっており、それはくしくもネイトがデング熱で生死の間をさまよっていてレイチェルの幻を見た日であった。
レイチェルの慈愛に包まれた集落を後にして、ネイトはジェヴィと共にボートに乗って帰途につく。「街に到着するまでには2日は掛かりそうです」というジェヴィの言葉に対し、ネイトはこう応えるのだった。2ヶ月掛かったって構わないさ。急いでいないから、と。
(未校閲版)
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慈悲にあふれたレイチェルの遺書の内容は、同じ形式を採ったフェランの遺書が人間不信に満ちたものだっただけに、好対照を形成し、人間愛の大切さを感動と共に読者に与えてくれます。
迷える子羊の主人公ネイト弁護士が、レイチェルとの出会いを契機に、徐々に慈悲の気持ちを持ち始めるという心の変化も、やはり最後の遺書の場面でその意味が読者に納得できるように書かれていて、素晴らしいストーリー運びだと云えるでしょう。
すなわち、欲深な人間の性と、精神的な幸福のシンボル(?)的なレイチェルとの対比を、非常に効果的に際立たせることで感動を呼ぶクライマックスに仕上がっております。
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今回のグリシャム作品の見所は、「デポジション」(deposition)と呼ばれる「証言録取」のシーンでしょう。法廷ミステリーに分類されるグリシャム作品(『評決のとき』『陪審評決』『レインメーカー』等々)では、普通、「トライアル」(trial)と呼ばれる「集中審理・事実審理・公判」のシーンがもっとも盛り上がりを見せるクライマックスになっております。(それも陪審員が事実認定等を行なう「陪審裁判」における展開で最高の山場を見せるのが従来のパターンでした。) しかし今回の『THE TESTAMENT』では、裁判手続がトライアルにまで進まず、その手前(プリ・トライアル手続)の中のもっともドラマチックな場面であるデポジションとその後の和解会議で終わっています。
用語解説:
「デポジション」(証言録取)とは...:
プリ・トライアル手続・ディスカバリー(開示手続)の一つで、トライアル前に証人から証言を録取する手続。裁判所の外(たとえば法律事務所の会議室やホテルの部屋とか、日本で米国弁護士がデポジションを行なう場合などはアメリカ大使館内の一室を用いる)にて行われるのが普通。原告あるいは被告側のどちらにもデポジションを請求する権利があり、トライアルの前に直接口頭でインタラクティヴに証人から証言を得てトライアルを準備するのが目的。デポジションに参加するのは、証人自身と、デポジションを請求した側の弁護士と、反対側の弁護士に加えて、デポジションのやりとりを一字一句記録する速記者(ステノグラファー)も同席します。判事はわざわざデポジションの場に出席せず、デポジション(を含む個々のディスカバリ手続)の実施は当事者同士で行なうのが原則です。
たとえば、もし原告側の弁護士が、被告側の証人に対してデポジション請求をした場合、デポジションの場に出席するのは以下の者たちになります。
この場合、原告側弁護士が被告側証人に訊きたい質問を口頭で次々と行ない、証人は真実のみを証言するという宣誓をした上で応えさせられるので、嘘をつけば偽証罪に問われることになります。ここでの会話は、原告側弁護士の様々な「いやらしい(!)」質問に対して証人がもっぱら応えるということになります。しかし被告側弁護士も始終黙っている訳ではなく、苦しい質問やきわどい質問に窮する証人に対して助け船を出すべく、異議(objection)を申し立てたり、応え方を示唆したりする(たとえば「その質問に応える必要はない」云々というちゃちゃを入れたり、回答を教唆したりする)ような戦術を採りがちです。
- 原告側弁護士
- 被告側弁護士
- 被告側証人
- 速記者
このような被告弁護士による妨害があまり度を越したり、証人がきちんと原告側の質問に応えなかったりすると、原告側弁護士は担当判事(普通はmagistrate judgeと呼ばれる、プリ・トライアル手続を司どる下級判事)のところに電話で苦情を申し立てて、裁判所命令を発出させ、きちんと回答させるように強要を試みることもあります。ちなみに裁判所命令が出てしまうと、それに応じない場合には「法廷侮辱罪」という恐ろしい制裁が判事の裁量権で課されてしまうので要注意である(判事は広い裁量権を付与されています)。
デポジション内容の記録の仕方は、原則は「ステノグラフィー」(速記)であるけれども、最近ではビデオによる録画も併用されるのが普通です。この内容は非常に長きに渡るので、依頼人企業のためにその要旨を作ることなども、法律事務所の収入源になる(すなわち、たとえば企業被告の証人が消費者の原告側弁護士に証言録取された、だらだらとした質疑応答の内容を、被告企業側のアソシエイト弁護士が要旨にまとめれば、それに掛かった時間に時間単価を乗じた弁護士報酬を依頼人たる企業被告に請求できる訳です。ちなみにアソシエイト弁護士はこのような下働きで、法律事務所のために稼ぐことを求められるのです)。
今回の作品のもう一つの見所といくかいつもとの違いは、「検認裁判」(probate
court)と呼ばれる特殊な裁判所が舞台になっている点です。検認裁判とは、遺書の有効性などを認定する特殊な裁判所のことです。
(未校閲版)
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本書におけるロイヤー・バッシングな場面
弁護士をネガティヴに描くグリシャム作品では、ロイヤー・バッシングな場面もしばしば見受けられます。レイチェルがネイトに身上を訊ねる以下などはその例かもしれません。
'Did you want to be a lawyer when you grew up?'
'Of course not. No kid in his right mind wants to be a lawyer. I was going to play for the Colts or the Orioles, maybe both.'
同書262頁(emphasis added).
本書における弁護士の倫理感の欠如に関する表現
グリシャム作品は、ネガティヴな弁護士イメージを表している点に特徴があります。本書において倫理感を欠如した弁護士の姿を表現した場面には、次のようなものがあります。
When Snead was asked a question that needed assistance, he responded by saying, 'Well, I haven't thought about that.' The lawyers would then reach out to help. ...
....
Snead was coarched by the lawyers, ...
同書360頁
デポジションにおいて、敵側弁護士の質問に対して証人が不利な回答をしないように味方側弁護士が「指導」あるいは「教唆」したり、または証言をあらかじめ「訓練」することは、ゲーム的な戦術に走り勝ちで倫理的に好ましくない慣行であると、最近批判が高まっています。そんな批判の対象になっている慣行を上の場面は象徴していると思われます。
その他のネガティヴな弁護士イメージの表現
6人の遺族を代理する6つの法律事務所が、ほとんど同じような仕事をリダンダントに行なって非効率に高額な報酬を得ようとしているという表現が、以下のように見られます。
[Rex Pheran] was only Pheran heir with both the aptitude and the stamina to read all six of the petitions contesting Troy's will. When he finished, he realized that six law firms were basically duplicating each other's work. In fact, some of the legalese sounded as if it had been borrowed from the last petition, or the next one.....
'Well I've read them, slowly and carefully, and they're all the same. We have six law firms doing the same work, all attacking the same will. It's absurd.'
300-301頁
一流法律事務所が高級な調度品などを使って依頼人から高額な報酬を巻き上げているというイメージの表現が以下のように見れられます。
... Hemba and Hamilton's firm was intimidating. Four hundred lawyers. Marble foyers. Art on the wall. Somebody was paying for their good taste.
301頁
...
鑑定人
陪審裁判制度の欠点の一つとして、原告・被告両当事者がそれぞれ自らに都合の良い鑑定人を雇って、その鑑定人が雇われた当事者から報酬を得て都合の良い意見証言をしてしまうという点がしばしば指摘されています。特に、いわゆる「ジャンク・サイエンス」と呼ばれる、怪しい科学を操って、素人の陪審員の判断を惑わすような慣行が批判にさらされており、そのように金のために都合の良い意見証言をする鑑定人はしばしば、弁護士の会員雑誌などの後ろの広告頁で宣伝をしたりしているのです。以下は、そのような慣行を揶揄した場面と云えるでしょう。
New psychiatrists were found. Hark brought the first one, at three hundred bucks an hour. He found him in a magazine for trial lawyers, in the classifieds, among the ads for everything from accident reconstructionists to X-ray analysts.
同書211頁。
一流ロースクール/一流法律事務所に対するコンプレックス
グリシャム作品ではしばしば、一流ロースクールや一流法律事務所に対するコンプレックスが露に表現され、彼らがネガティヴに描かれがちです。本書でも、6人の遺族の弁護団の中の一流事務所(Hemba
and Hamilton事務所)と無名の怪しい弁護士(HarkやBright)との意見の対立を皮肉たっぷりに以下のように表現しています。以下の場面は、スニードに手付金をあげて偽証をさせようというBrightらの提案に対して、Hemba
and Hamilton事務所の弁護士がそのような違法行為への参加をちゅうちょしてまず事務所と相談したいと述べたところ、相談することは守秘義務違犯である、とBrightに釘をさされてしまう場面です。
'We don't know if [Snead] is lying.' Hark responded. He could anticipate every question. 'No one knows. He was alone with Mr. Pheran. There are no witnesses. The truth will be whatever Mr. Snead wants it to be.'
'This sounds shady,' Hemba added.
....
Hemba and Hamilton were big-firm lawyers, unaccustomed to the dirt and grime from the streets. ..., but their clients were rich corporations that used lobbyists for legal bribery to land fat government contracts and hid money in Swiss accounts for foreign despots, all with the help of their trusty lawyers. But because they were big-firm lawyers they quite naturally looked down upon the type of unethical behavior being suggested by Hark, ... and the other ham-and-eggers.Hemba and Hamilton were squirming. 'We'll have to discuss it with our firm,' Hamilton said.
'Do we have to remind you boys that all of this is confidential? Bright said. It was comical, the street fighter from night school chiding the law review editors on ethics.
「the street fighter from night school」という表現や「the law review editors」といった表現も、法曹界における階級意識を表しているのではないでしょうか。
288-90頁(emphasis added)
なお、一流ロースクールへのコンプレックスではありませんけれども、以下の表現はアメリカ社会における学歴差別を示唆してくれるものかもしれません。(故フェランの6人の嫡出子の一人の女性Geena
Pheranが二度目に結婚した主人のCodyの一家 --造船で財を成した名門の一家-- から差別されているという場面において。)
But she would always be looked down on because she was a divorcee and poorly educated at non-Ivy League schools...
同書131頁(emphasis added).
本書におけるアイロニーな表現
デポジションでは、証人に対して敵側の弁護士が容赦なく質問してくる内容に対して、証人は真実を述べなければ偽証罪に問われます。一度でも経験すれば分かりますが、できれば一生こんな経験はしたくはないというのがデポジションなのです。デポジションに掛かる時間は、短ければ数時間で終わる場合もありますけれども、敵側の弁護士が責めたてたいと望んでいる重要証人の場合は特に長きに渡り、1日で終わらずに翌日も応じなければない場合も少なくありません。翌日も同じ証人に対してデポを引き続きやりたいと要求するネイトを、グリシャムはこんな風にアイロニーたっぷりに表現しています。
"Can we start at eight in the morning?" Nate asked, as if they were going to the beach.
同書398頁(emphasis added).
女性に優しい
グリシャム作品における女性の描き方には、同氏の女性に対する優しさが現れているように評者には思われるのですが。女性を悪く描く例は見当たりません。グリシャムは紳士なのでしょう。今回の作品でも、そのような優しさの現れた表現が以下に見られます。
The tears of a woman melted the facade of coolness, whether in a bar or sitting by a river.
同書272頁(emphasis added).
「whether in a bar or sitting by a river」という韻を踏んだ表現もオシャレです。
(未校閲版)
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