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「スコット・トウーロー」

『囮弁護士』
中央大学教授(大学院&総合政策学部)および
米国弁護士(NY州法曹界所属)
平野 晋
Susumu Hirano
Professor, Graduate School of Policy Studies,
Chuo University (Tokyo, JAPAN)
Member of the NY State Bar (The United States
of America)
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当サイトは小説家・米国弁護士のスコット・トウーローの作品の研究、批評、分析、およびそれを通じた法律学の研究教育用サイトです。
First Up-loaded on Feb. 12, 2001.
Revised on Feb. 18, 2001.
Not proof read (未校閲)
スコット・トウロー著『囮弁護士』(2000年、文芸春秋社刊)
あらすじ
主人公はホワイトカラー・クライムなどの刑事防御弁護士ジョージ・メイソン。しかし彼の役割はどちらかというと「舞台回し」(同書翻訳の表現を借りれば「語り手」)的なものである。本当の主人公は、メイソンに刑事事件の弁護を依頼するpersonal
injuries(人身被害)弁護士のロバート(ロビー)フェヴァーと、その彼の監視役を行なうFBI女性捜査官のイーヴォン・ミラーである。
- ロバート(ロビー)フェヴァー: 裁判官へ賄賂を贈って担当事件の有利な裁定をもらっている弁護士。陽気でしゃべり出すと停まらない、じっとしていられない、といったタイプ。 「実際、状況を問わず彼はしゃべりすぎる --- デカルトの一歩先を行っているのだ、つまり、我しゃべる、ゆえに我あり、である」(同書15頁上段)という表現が正にフェヴァーの概観を良く表わしている。 フェーヴァーは贈賄という悪事に荷担しているとはいえ、不思議に魅力的で憎めない人物として描かれている。浮気ぐせがあって、身近な女性にはすべてに手を出すけれども、それでいて非常に愛妻家。---
妻は、どんどん体中の筋力が衰えて最期には自力で呼吸もできなくなり死に至るALSという不治の病に侵されている(自力での呼吸ができなくなる瞬間がやって来た際には人工呼吸器を止めるか否かという選択をする機会が本人に与えられ、そこで人工呼吸器を選択しなければ死を選ぶことになり、呼吸器を選択するとそのまま永い間生き続けることになる)。ロビーはそんな妻を非常に愛していて、「その時」が来ても人工呼吸器を選択して生き抜いて欲しいと願っている。子宝に恵まれなかったロビーは、同時に、自分が居なければ妻の面倒をみてあげる人が居なくなってしまうという恐怖にもとらわれている。
裁判官の収賄事件の立件を望む連邦地方検事のスタン・セネットは、別件(所得隠しの脱税容疑)でロビーに迫りつつ、もしロビーが判事の収賄の証拠を押さえるための囮捜査に協力すればロビーの刑の軽減をしてあげようという取引を申し出る。ロビーは、協力しなければすぐにでも有罪になり刑務所行きになってしまって愛する妻の面倒をみる者が居なくなるという恐怖から、しぶしぶ囮捜査に協力することにし、自分の弁護士であるジョージ・メイソンにも弁護lの必要上、囮捜査に付き合わせることになる。
- スタン・セネット: 刑事的正義の追及のためには手段も選ばない非情な人物。しかし、そのような行動をとる背景には、アメリカ社会の腐敗を許せないと信じるようになるに至った、移民として苦労したそれなりの生い立ちも描かれている。ジョージ・メイソンとはロースクールでの同級生でもある。
裁判官の収賄事件を立件できるだけの証拠を収集するのは容易ではなく、贈収賄の現場あるいはそれを十分推測させる証拠を押さえなければならず、そのためにはロビーを使って現場を記録する必要があった。特に、収賄など裏の世界のすべてを牛耳っていた大物の裁判長までつながる証拠を押さえるのは至難の業である。しかし、セネットはその大物まで捕まえる証拠をつかむことに執念を燃やし、ロビーに様々な危険な囮をやらせる。捜査側にはFBIなどから応援が付けられ、中でも女性捜査官のイーヴォン・ミラーは、ロビーの監視役として始終近くに居るというミッションを命じられる。
- イーヴォン・ミラー: 運動神経万能で、スレンダーで魅力的なFBI女性捜査官。危険を伴う囮捜査のプロ。最初はその正体は謎に包まれているが、女性好きで詮索好き(というよりも人間が好き?)なロビーによって次第にヴェールがはがさせれ、その人間性が描写されていく。 (特に272頁前後辺りを参照。それまで頑なに自分自身のことを開示することに抵抗を示して来たイーヴォンが、あたかもwire-tappingを通じて自らの仮面を剥がしていくかのように告白をする態度に変身して行く様は、なかなか魅せて来れます。) イーヴォンは元オリンピックのホッケー代表選手で、多少の(?)レズビアン。34歳だがおそらくはそれが理由で結婚しないでいる。
囮捜査は途中まで順調に進むが、大物の裁判長に近づくにつれて正体がバレはじめ、結局は、大物を完全に挙げられるほどの証拠収集には至らずに、終章に向かって行く...。 黒幕裁判長の手下で収賄スキームの被疑者となった裁判官や書記官などの訴追を決めるため、主な搭乗人物たちが法廷に集まる。廊下では、被疑者たちが証拠物件を手に手に待ち並ぶ中、囮捜査に荷担して「裏切り者」視されているロビーが証人として廊下を通り過ぎようとする。罵声がロビーに浴びせられ、それでも毅然として歩を進めるメイソン。すると、賄賂としてロビーが贈ったゴルフクラブを握っていた書記官が、いきなり「切れ」てロビーの背後からゴルフクラブを振り下ろした。一瞬の出来事だった。ロビーはこの一撃で結局、頭を割られて死亡する。ロビーの死を知ったイーヴォンは、ロビーの妻のところに行き、彼女を安楽死させる。 .... そして、黒幕の大物裁判長は、数年後に事故死するという後日談で物語りは終わる。(トウローらしく、ハッピーエンドではない、ちょっと救いが無いかも...というショッキングなエンディング。)
総評
物語としての面白さの中に、相変わらずのスコット・トウロー風の人間ドラマが描き込まれていて、とても満足のいく作品に仕上がっている。内容的には、 直木賞的エンターテインメント性と、芥川賞的純文学性との、双方が含まれたものである。
難を言えば、いつものスコット・トウロー作品につきまとう「暗さ」がここにも存在してはいるが、それは純文学性的な側面からやむを得ないというところか。その分、「生、病、老、死」や「性」や「愛」や「孤独」といった、人間の本質的なイシューズをきちっと描き込んでいる。
「暗さ」を打ち消すというか、物語として楽しめる側面は、囮捜査の実態や役所の事情、米国の地方分権化された司法制度に於けるコミュニティの文化・慣習の描写などは、検察官だった(現在も刑事弁護士の)トウローならではの仕上がり。もちろん、自身の経験や知見でカバーできないところは綿密な調査を行なっているように伺える。(たとえば、ロビーが愛用するメリセデスの乗り心地や皮張りシートの感触などは、実際に乗った者ならばこそ書ける描写であろう。---
あの皮張りシートって結構滑りやすかったりするんですよね、でもあの皮の香りは何度嗅いでも良いもんです...。)
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用語解説・雑感:
- 「高位の官僚の大方の常で、連邦検事はひろびろとした執務室をかまえていた」(17頁上段): う〜む、洋の東西を問わず事情は同じようです。日本の司法の高官も、ひろびろとした部屋にいらっしゃるようで。
- 「悪人を捕まえることを生き甲斐としている世界ののことだから...」(124後段): う〜む、やはり洋の東西を問わず、捜査当局の正義というのは、この一語に凝縮・象徴される、というのは、最近、日本の捜査当局側の官僚の方々と仕事でお付き合いの多い評者の実感です。
- 「ロビーが回転ドアをくぐりぬけるやいなや、...『よう、救急車追い!』と大声をあげた男が人込みをかきわけて近づいてきて...『...リハビリ病院に入りびたって、四肢麻痺患者全員に名刺をわたしてくれと看護婦を口説いていたんだろう?フリーダイタルでかけるように言ってください。番号は、1−800−4040です』」(150頁上段) 人身被害の原告側弁護士の中には、いわゆる「アンビュランス・チェイサー」(救急車追い)と蔑称で呼ばれる、連中がいます。事故や被害者に名刺を配って、訴訟をたきつけて成功報酬を目当てにするハイエナのような種族の人達で、テレビコマーシャルを流してフリーダイアルの事件の相談を呼び掛けるようなことまでやったりします。
...。
本書におけるロイヤー・ジョーク(法曹のジョーク)
今回のタウロー作品には、評者が専門(?)にするロイヤー・ジョークが多く用いられています。たとえば、以下のように。
- 「法律家としてのわたしは、神聖なスローガンに従って仕事をしてきた...
裁判官の心証を害するなかれ、である。彼らがジョークを口にすれば、いつも大きな笑い声をあげた。 ...。」(42頁上段〜下段)
- 「真偽のほどは不明だが、ケッサクな話だよ。
.... いまからに十年近くまえ、いよいよ審理が始まるかと見えたとき、スコルニック[判事]はやぶからぼうに弁護士たちを判事室へ呼んだ。そして三人だけになると、部屋から隅へ弁護士たちを呼び寄せて、...小声でこう言ったそうだ『はっきり言っておくよ、金のほうは相方とも同額なんで、今回はまともにやるつもりだ』」(170頁上段〜下段)
- 「スコルニックはロビーをいますこし引きとめて、いつものジョークにつきあわせた。今度のは、車の衝突事故を起こした神父とラビの話だった。慎重に話し合いを進めた末、双方とも、非の一半は自分にある、と認める。和解のしるしに、ラビはたまたま車のトランクに入れてあった、安息日用のワインを取り出し、神父に一口勧める。神父はたっぷりとあおったのち、ラビにボトルを差し出す。『"警察が来てからにしよう"と、ラビは言う』スコルニックはオチを言い終え...。」(231下段〜232頁上段)
本書における気になる表現
- 「『裁判官も、陪審員も、わたしも、依頼人も、相手側の連中も、要は金さ。こっちがどれだけ取れるか、向こうがどれだけ抑えるか、だ。人によって言い方はさまざまだが、てっとり早く言い換えればこうなる...子供にかわいい服を着せて、ママと言わせることはできるが、その子が実際にしゃべっているのは銭のことなんだ』彼は大きくうなずいた。『プレイするというのはそういうことさ』」(66頁後段、強調は評者が付加) personal
injuryの訴訟制度において(高額な報酬をロビーのような原告側弁護士が受け取ることについて)イーヴォンから嫌みを言われたロビーが、心情を吐露する場面において。米国のpersonal
injury事件を扱ってきた評者の実体験でも、このサーキャスティックなロビーの表現は真実を正に突いている、と感心します。
- 「今回持ちこまれた話は、ロビーが"優良事件"と呼ぶものに属した。つまり莫大な損害賠償額が見込めるということだ。依頼人になるはずの女性は、...三人の子供がいた。....
イーヴォンにも、不幸が黄金に変わるこの愉快ならざる錬金術の仕組みはよくわかっていた。もし、この女性が三人の子供を残して死ねば、損害賠償金の額は劇的にはなあげるのだ。 ...。」(141頁上段、強調は評者が付加) 同上---すなわち、この記述は、personal
injuryという類型の訴訟システムの正義の仕組みをよく表わしていると思われます。
- 「『そうさ、わたくしはスポットライトを浴びるのが好きだ。血眼で金のなる木を探す。訴訟に勝ったときは、そっくりかえって....アヴェニューをウイニングランするのが大好きだ。だけど、いあったいなんだってんだ』彼は言いつのった。『わたしがあの裁判官連中に届けをしてるのはもっぱら自分のためだけだと、きみは本気でそう思っているのか?ふざけるな。あの一家のところへもどって、負けました、あなたがたの負けです、もう望みなし、お気の毒です、これから先はもっとひどいことになるだけです、などと言えるわけがない。わたしにはそんなことはできない。だから、あれはプレイだと言うんだ。』」(148頁上段から下段、強調はオリジナル) 悲惨な人身被害の家族を前に「嘘泣き」をして見事に依頼を獲得してしまったロビーの、その嘘泣きの真意を問うイーヴォンに対するロビーの言葉。本書では、ロビーが使う、「それはプレイだよ」という際の「プレイ」の意味がロビーという人物を知るためのキーワードになっている。人生を生きるというのはそれ自体プレイ、人生という舞台で演じることなのかも...。それはされおき、上記の吐露は、人身被害事件における原告弁護士の正義の心情を代弁するものなのかもしれない、と評者は考えています。
- 「きみの大事な依頼人[のロビー]は、"弁護士"という言葉が軽蔑語として用いられたとき誰もが思いうかべるような男だ。彼はきみやわたしが誇りにしている職業を、ポン引きがやっていることとなんら変わるところがないもののように扱ったんだぞ。しかも、それをやって大金を稼いだ。
...。」(195頁、上段〜下段) セネット検事がロビーを揶揄してメイソン弁護士に表現する場面にて。正義という言葉はそれを口にする者の数だけ色々多様に存在するが、人身被害弁護士のいう正義を他の類型の法曹も同じく共感しているとは限らないという良い例となる表現であると評者には思われます。
- 「彼は手にガムを持っているのに気づき、イーヴォンに手わたした。そして、顎をかるく叩いてみせた。『入れ歯をしているんだ』...」(107頁上段) ロビーの言葉。歳はとっても女性にもてたいと願って努力を惜しまない魅力的な「男性」ロビーが「老い」を表現するしゃれた言葉。
- 「わたしは戸惑いをおぼえながら、合成皮革の回転椅子に坐っていた。依頼人たちがやらかす諸々のばかげた行為にはもう驚かない。 ...。」(194頁、上段) 弁護士実務をやっていると、正に、依頼人のばかげた行状というのに出くわすものです。しかし、依頼人に嘘をつかれると、もう、最善を尽くす気にはなれなくなるものです...。
- 「『きみにはこういう友達がいるかい?』ロビーはそのときイーヴォンにたずねた。『モーティとわたしのような?』『さあ?』彼女はそうきかれてちょっとぎくりとなった。すぐ思い浮かんだのは姉だった。だが、家族は友達と言えない。それはわかっている。いない、といのが正直な答えだった。ありのままの現実を突きつけられて気持ちが沈んだが、そのとおり答えた。『たいていの人はそうだよ』ロビーは彼女の胸中を読んだのだろう、そう慰めを言った。」(247頁下段) トウローの小説では、いつも、「孤独」がテーマの一つになっていますが、上記の表現もそんなトウロー的色調を著していると思われます。

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... より。
(出典: ...)
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