現代不法行為法理論 #2(Modern Tort Theories)

平野 晋
中央大学 教授 (総合政策学部)
米国弁護士 (NY州法曹会)

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【未校閲版】without proof

ここでは、法律学の最先進国たる米国の不法行為法(Torts)の知見から、現代不法行為法学を検討します。

目次

不法行為法とは何か

不法行為法の発展史

法理(総論)

法理(各論)

0. 古典的な理論
  1. 賠償・抑止論 compensation-deterrence theory

以上は「現代不法行為法理論」のページを参照下さい。

___________________.

  1. エンタープライズ(事業*)責任論 enterprise liability theory
  2. 経済学的抑止論 economic deterrence theory
  3. 社会正義論 social justice theory
  4. 矯正的正義論 corrective justice theory に代表される個人的正義論 individual justice theories

(*)  日本では、不法行為法学に於いて「企業責任」と言うと別の意味と混同する虞があるので、評者はここに於いて「エンタープライズ責任論」と訳出することにします。

過失責任主義 対 無過失責任主義

2. エンタープライズ(事業)責任論 Enterprise Liability (EL) theory

See 平野 『アメリカ不法行為法, infra, at 45-48.

代表的研究者は以下: Patrick Atiyah, Albert Ehrenzweig, Marc Franklin, Charles Gregory, Fleming James, Jr., Robert Keeton, Jeffrey O'Connell, Virginia Nolan, Edmund Ursin.   See ゴールドバーグ, supra, at 537.

[評者注*1: 前掲ジム・ヘンダーソン教授の論文も、無過失責任論者を以下のように指摘しています。]
厳格責任を好む者は、被害者賠償の極大化と損失分散(loss spreading)という[不法行為法の]社会保険的目的を強調する。
Henderson, Negligence Dominate[s] Torts, supra, at 381 (訳は評者)(下線付加).

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以下、「エンタープライズ責任論」への批判。

See 平野 『アメリカ不法行為法, infra, at 46-48.

[評者注*2:この点についての概要は、評者による「製造物責任法の研究」のページを参照下さい。すなわち、製造物責任=無過失責任というかつての先入観の前提は、古典的な欠陥概念であるところのいわゆる「製造欠陥」という類型の場合にのみ当てはまり、現代型製造物責任に於ける主な欠陥概念であるところの「設計欠陥」や「指示警告欠陥」には該当しない、という意味です。]
[評者注*3:「意識的な設計選択」とは、すなわち、典型的な設計責任という意味です。ジム・ヘンダーソン教授がその論理の専門家。邦文による日本へのこの概念の紹介は、拙書『アメリカ製造物責任の新展開:無過失責任の死』(成文堂)を参照下さい。]
[評者注*4: 訴訟に頼る賠償制度の欠点については、評者の前掲書でも既に十分指摘していることではあるが、アメリカでも例えば以下のような批判があります。]
他のほとんどの西洋諸国では、社会保障プログラムが合衆国に於けるよりも高い割合の事故被害者に賠償を提供している。アメリカの...事故法体制(accident law regime)は、比較的、高コストな不法行為訴訟に頼って被害者を賠償しないままに放置し、事故抑止に於いて貧弱な仕事しかせず、更に、訴訟から利益を得る弁護士以外には被害者を構成する人達の内のごく一部だけを満足させているのだ。
John Fabian Witt, Toward a New History of American Accident Law: Clasical Tort Law and the Cooperative First-party Insurance Movement, 114 HARV. L. REV. 690, 697 (2001)(訳は評者)(強調は付加).
[評者注*5: 例えば前掲ヘンダーソン教授の論文は次のように批判しています。]
...厳格責任が広範囲なエンタープライズ責任へと拡張したならば、少なくとも公正さと抑止の目的(fairness and deterrence objectives)への懸念を反映した形での企業の間に於ける合理的かつ一貫性を有した責任の賦課が不可能になる
Henderson, Negligence Dominate[s] Torts, supra, at 397 (訳は評者)(下線付加)(無過失責任を不法行為法の基準--normative std.--とすることは、危険の分散の根拠となる保険制度が機能しない点からも支持できないという論文).
更にゲイリー・シュワーツ教授もエンタープライズ責任が規範として広範過ぎて機能しない旨を以下のように指摘しています。
ナイフが切れるという危害は、ある意味、ナイフを頒布することに伴う「特徴」である。 ...。 しかし我々の不法行為制度はナイフ...を生産する会社に対して自動的に責任を嫁すことへ興味を示していない。我々の厳格責任制度がどのようなものであれ、そのような結果は排除されるのである。
Gary Schwartz, The Hidden and Fundamental Issue of Employer Vicarious Liability, 69 S.CAL. L. REV. 1739, 1750 (1996).

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3. 経済学的抑止論 Economic Deterrence theory

See 平野 『アメリカ不法行為法, infra, at 215-90.

代表的研究者は以下: John Brown, Guido Calabresi(「cheapest cost avoider」で有名), Ronald Coase(「コースの定理」で有名), Robert Cooter, Richard Epstein, Mark Grady, Jon Hansen, William Landes(「法と経済学」でポズナーと共著), Richard Posner(現第七巡回区連邦判事), Steven Shavell.  ゴールドバーグ, supra, at 545.

[評者注*1: 評者の講座(特に「法と経済学」)の受講生諸君は、評者が紹介した「共有地の悲劇」(The Tragedy of the Commons)の論文の話を思い出して下さい。ここでの話がピタリと附合していることに気付くはずです。]
[評者注*2: ここも評者の講座の受講生諸君は、評者が紹介した迷惑メール(spam)対策の話を思い出して下さい。スパマーによる迷惑メールをやりたい放題な行動は、外部費用を内部化することで抑止することができる、というあの話です。拙考「迷惑メール問題と米国に於ける分析」『日本データ通信』127号(平成14年9月)に詳しく紹介してあります。更に、拙考 「社会問題化した紛争の代替的解決手段: 『政策法務』的アプローチの実践例」in 小島武司 編 『ADRの実際と理論II68頁 (中央大学出版部、2005年)日本比較法研究所研究業書#68)も参照下さい。]
[評者注*3: nuisance.生活妨害。米国不法行為法に於ける請求原因法理の一つで、悪臭などはその典型例です。]
[評者注*4: ここはいわゆるHand Formula(日本では「ハンド判事の定理」と訳されているようです)の話。従って、Bとは"Burden"すなわち予防コストの意。Pとは"Probability"すなわち事故発生の蓋然性。Lとは"Loss"又はinjury、すなわち発生した場合の事故コスト。「ハンドの定式」のページを参照下さい。]
[評者注*5: 日本に於いても「加害者」という日本語には初めから帰責性が込られているので、排除すべきではないでしょうか?  /  なお、学生諸君にとっても法と経済学、「コースの定理」とカラブレジの「cheapest cost avoider」の理論を理解するために重要な点は、加害者=有責という先入観をまずは完全に払拭し、社会全体の資源を最小限に使う=効率性という「功利主義」的視点から冷徹に論理を構築することです。[法と経済学的にではなく]倫理的に誰が責を負うべきかという価値判断は、このウエブページ内で分類している諸法理の内の別の法理(例えば「矯正的正義」の法理等)にて行うものであって、法と経済学とはとりあえず区別することが重要です。もっとも、実際の不法行為法=裁判例では、純粋な法と経済学的な分析的視点のみから判決が下されることは無く、諸法理が混在となって[又は判事・陪審員がそのような深い洞察を欠いたままに]判決を下しているのですが…。]
[評者注*6: contributory fault。πに帰責性がある場合には凾フ責任を{減}免する制度。日本の過失相殺に近いものです。]
[評者注*7: この指摘は、前傾ヘンダーソン教授の論文にも以下のように紹介されています。]
厳格責任と過失責任との重要な差異は、理に適って注意深い行為にもかかわらず回避不可避的に生じる残余事故費用(residual accident costs)の扱いに関係している。過失責任の下では、残余損失はそれを被った責の無い被害者又はその他の被害者によって負担される。厳格責任は残余事故費用を、それを生ぜしめた企業に転嫁する。過失責任体制の下に於ける理に適った行為者は過失になることによる不法行為責任を避けるよう試みるので、過失は企業に関連する危害に対しての「被害者責任」の一形態であると考えることができる。
Henderson, Negligence Dominate[s] Torts, supra, at 380 (訳は評者)(下線付加).
[評者注*8: 日本に於いてそのような両立的制度を提案した評者の主張は、前掲拙書『アメリカ製造物責任の新展開:無過失責任の死』を参照下さい。]

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以下、「経済学的抑止論」への批判例です。

[評者注*9: ハンド・フォーミュラは経済効率性のみならず、公正的論理も包含できる比較衡量基準である旨を説くものとして、see, e.g., Kenneth W. Simons, The Hand Formula in the Draft Restatement (Third) of Torts: Encompassing Fairness As Effficiency Value, 54 VAND. L. REV. 901 (2001). 同論文は、裁判所が経済効率性のみならず公正という視点からも責任を課して来た例として以下のように述べています。 ]
[効率性では説明できない過失責任の]他の例としては、emergency doctrineがある。仮に将来に於ける最適な行動のみを懸念するのであれば、純粋な緊急時には責任を課さない方が意味を成すはずである。なぜならば、突然の緊急事態に直面した場合に人々が不法行為法の命じる責任ルールに応じるように奨励されるという[考え方]には疑念が生じるからである。それにもかかわらず、公正さの問題として、緊急時に於いても全く強制力を無くすのではなく、通常より緩やかな注意義務を課すことが、適切である。
Id (訳は評者). 更に、Simonsによる以下の分析も興味深いでしょう。
[B<P・Lを経済効率性のみで解釈すると] 貧乏な人達の地域に於いては富裕層の地域に於けるよりもスピードを出して運転しても良いと示唆してしまう。なぜならば、予見される事故費用の平均が前者に於いて安くなるからである
Id (ポズナー自身が自認している記述として)(訳は評者).

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4. 社会正義論 Social Justice theory

代表的活動家、研究者は以下: Ralph Nader(自動車の安全性向上から始まって反企業社会活動家として有名。先の選挙とその前の選挙では大統領候補にもなって民主党の票を荒らしたとも言われています。), Richard Abel, Anita Bernstein, Carl Bogus, Thomas Koenig, Michael Rustad.

[評者注*1 ATLA」(アトラ)とは、「Association of Trial Lawyers in America」の略称であり、主に企業等を凾ノするπ側の代理を引き受ける弁護士達から成る任意の法曹団体のことです。]

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矯正的正義論は、「個人的正義論」の一種。個人的正義論とは、憲法学の影響を受けて伝統的な自由、正義、権利、及び義務の概念の復活を主導し、それら伝統的概念が必ずしもかつてのようなレッセ・フェールなものではなく、現代にも当てはまるべきだとする。 代表的な研究者は、Jules Coleman, Richard Epstein, George Fletcher, Tony Honore, Stephen Perry, Ernest Weinrib, Catharine Wells, Richard Wright.    See ゴールドバーグ, supra, at 564.

5-1. 矯正的正義 Corrective Justice theory

平野 『アメリカ不法行為法, infra, at 35, 220, 225, 291, 292 n.5.

代表的な研究者は、以下:   Ernest Weinrib, Jules Coleman, Stephen Perry, Arthur Ripstein.

【評者注*1 矯正的正義が生じるのは、人為的要素が介在した(human angency)場合に限ると定義しています。 See Coleman, Corrective Justice, infra, at 66.
[評者注*2 Palsgraf v. Long Island Railroad Co., 162 N.E. 99 (N.Y. 1928).  1928年の 同「パルズグラーフ」事件判決は、アメリカのロースクールに於ける不法行為法のテキスト(ケースブック)で必ずといって良い程に取り上げられる有名な裁判例で、過失の射程の要素と相当因果関係の要素の相関関係を示すものです。乗客が列車に飛び乗るのを助けた駅員が乗客の荷物を落としてしまったところ、たまたま荷物の中味が火薬だったために爆発。その爆風で駅にあった天秤がたまたま近くに居たパルズグラーフ夫人(π)に倒れて負傷させしめたという事件です(なお本当の事実はこれと異なるという研究もあります)。さて、これ程に遠い因果の果てに居る鉄道会社に迄も過失責任が及ぶべきでしょうか?  法廷(多数)意見を書いた有名なカードーゾ判事は、過失責任とは世界の誰に対しても及ぶ注意義務ではなく、一定範囲(zone of danger)の者に対してしか注意義務の射程は及ばないと示し、πはその射程範囲外であった、としました。これに対し反対意見を書いたアンドリュー判事は、過失責任・注意義務は世界の誰に対しても及ぶ、としました。]
[評者注*3 ロールズの主張[公正としての正義関連緒論]に関しては、「法と経済学&竝u」のページを参照下さい。]

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以下、「矯正的正義論」への批判です。

[評者注*2: 民法の講義に於いて評者が指摘したように、日本では特に金銭賠償以上にπが「謝罪」を求め、固執する、という比較法社会学的な分析論文もありますが、それにしても、「謝罪」の概念を不法行為法に於いて検討することは、刑事法に於ける検討とも関連性を有して興味深いものではないでしょうか。]

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5-2. 自由主義論 Libertarian theory

5-3. 相互主義論・互酬性原理 Reciprocity theory

代表的研究者は、George Fletcher, Gregory Keating.

[評者注*3: ロールズの主張に関しては、「法と経済学&竝u」のページを参照下さい。 ]
[評者注*4Rylands v. Fletcher, L.R. 3 H.L. 330 (1868). 本場アメリカのロースクールに於ける不法行為法のテキスト=ケースブックで紹介される、“超危険な活動”(ultra-hazardous activities)に於いては無過失責任主義が適用されるという有名な古典的無過失strict liabilityの代表判例。]

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主要引用・主要参考文献

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