熱いコーヒーは欠陥である」と主張する製造物責任の研究

Studies of Hot Coffee Liabilities 

中央大学 教授 (総合政策学部)
米国弁護士 (NY州)
平野 晋

関連ページは「製造物責任法の研究」及び「ファースト・フードにより肥満症を生じさせた損害に対する賠償責任の研究」「自己責任に関する考察」 大衆文化と法意識の研究

Susumu Hirano
Professor, Faculty of Policy Studies, Chuo University (Tokyo, JAPAN)
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目次

以下、講談社より上梓予定の拙書『アメリカ弁護士冗句&S選』(仮題)の原稿から、このウエブページに関連する部分を紹介してみましょう。

第二節 濫訴・訴訟社会

〈法律格言 その2〉

「訴訟は,弁護士の庭に植わった果実である。」

アメリカでも濫訴や訴訟社会が批判されるようになって来ました。そもそもアメリカ人は,弁護士に限らず一般に訴訟好き=iリティジャス)であり,あまりよろしくないことだと自身感じているともいわれています。それにもかかわらず,弁護士こそが,濫訴や訴訟社会の元凶のごとくにバッシングされることになったきらいがあります。そこで,アメリカにおける濫訴の代表例を紹介しておきましょう。

コーヒーを零(こぼ)して火傷(やけど)した責任をファースト・フード店に転嫁する

行き過ぎた訴訟社会の最近の有名事例として国際的に紹介された事件は,ファースト・フード店で買ったコーヒーを零(こぼ)して火傷(やけど)した79歳の婦人が,何億円もの評決額を得たというもの。孫の自動車に乗車中に両膝の間にプラスチック製のコーヒーカップを挟んで蓋を開けようとした際に零した火傷でした。 (詳しい事実は、以下の「マ○ド○ルド・ホットコーヒー事件(Liebeck事件)の事実」の項を参照下さい。)

Liebeck v. McDonald's Restaurants, P.T.S., Inc., Civ. No. CV 93-02419, 1995 WL 360309 (N.M. Dist. Ct. Aug. 18, 1994),

ちなみに何億円にも上る高額賠償のことを,「ミリオン・ダラー・ヴァーディクト」(100万ドル台の評決額)といいます。「ヴァーディクト( “verdict”)」とは陪審員が出す結論・判断。「ミリオン・ダラー(“million dollar”)」とは100万ドル。1ドル=100円で換算しても1億円に達します。

人身傷害(パーソナル・インジュアリー)事件において最初にミリオン・ダラー・ヴァーディクトが下されたのは1962年まで遡りますが,近年では毎週のように下され,ミリオン・ダラーが賠償額の基本料にまでなってしまったという指摘さえあります。

〈転職するなら?〉

英語で「訴訟」という単語(名詞)は「lawsuit」(ロースーツ)または「suit」(スーツ)です。

問   : 弁護士が転職するならどんな職業を選びますか?

答   : クリーニング屋さん。なぜなら,スーツ(suits)が沢山あるからです。

第三節 濫訴vs..権利の実現 〜画期的な評決を下す陪審制度〜

上の項では,一般に言われている濫訴の代表例を紹介しましたが,この訴訟を擁護する声もアメリカでは聞かれます。事件の背景や事実を知ると,何も濫訴ではない,陪審裁判もおかしな評決を下した訳ではない,という訳です。ロイヤー・ジョークとその背後にある大衆の抱く濫訴イメージを否定する,そのような反論を,以下では紹介してみましょう。                                                                     

ファースト・フード店で出されたコーヒーを零(こぼ)して火傷を負った原告に対し,高額な損害賠償評決を下した陪審員は正しかった?!

この訴訟を擁護する見解は,以下の事実を挙げて陪審員の判断が正しかった,正義を下した,と主張しています。

出典は,Deborah L. Rhode, (Symposium) Too Much Law, Too Little Justice: Too Much Rhetoric, Too Little Refirm, 11 GEORGETOWN JOURNAL OF LEGAL ETHICS 989, 995 [(シンポジウム)「多過ぎる法律と少な過ぎる正義: 多過ぎるレトリックと少な過ぎる改革」『ジョージタウン法律倫理紀要』誌11巻989頁(1998年)],および,Reed Morgan, Verdict Against McDonald’s Is Fully Justified, National Law Journal, Oct. 24, 19994, at A20 [「マ○ド○○ドへの評決は完全に正当化される」「全国法律ジャーナル」紙1994年10月24日](当該事件に於ける原告側弁護士による反論記事)参照。

原告は皮膚移植手術を受けて完治まで2年掛かるばかりか,恒久的な傷跡も残る第三度の火傷を負った。ほとんどの消費者は,これ程の火傷を負うことになる高温なコーヒーをファースト・フード店が出しているとは知らない。しかもこのファースト・フード店では過去10年の間に,700件ものコーヒーによる火傷の事件があり,2秒から7秒で第三度の火傷になることを知っていて危険性を医療専門家が指摘されていたのにもかかわらず,温度を下げなかった。
陪審員は,彼女にも過失があったと認定して,通常損害賠償額を20%減額している。しかし陪審員は,消費者安全を無視したファースト・フード店を懲らしめるために,同社の2日分のコーヒーの売り上げである2百数十万ドルを,「懲罰賠償」(ピュニティヴ・ダメージズ)として加えた。(筆者注 --- 「懲罰賠償」とはアメリカ特有の制度で,損害を補償させるだけでは不法な行為を繰り返す者を懲らしめるために,高額な賠償を課すというもの)。もっともこの評決額も,裁判官が減額して,結局は64万ドルの判決を下すに至っている。そして原告は,控訴されるリスクを避けるため,公表されていない金額での示談に応じている。
ファースト・フード店側は,この事件以降,警告表示をするようになり,評決の翌日の報道によればアルバカーキのチェーン店ではコーヒーの温度を下げて,第三度の火傷に至るには約60秒掛かるようになった。
だからマスコミが馬鹿馬鹿しい訴訟だと非難するような性格の事件ではなかった…。
[以下も出典として参考になるといわれています。 Andrea Gerlin, How Hot Do You Like It?, Wall St. J., Sept. 1, 1994, at A1, and Aric Press et al., Are Lawyers Burning America?, Newsweek, Mar. 2, 1995, at 32. ]

いや,熱いコーヒーに責任転嫁するのはおかしかった!

以上のように擁護する論調に対し,やはりこの手の訴訟で原告を勝たせるのはおかしいという再反論も,アメリカでは見受けます。それは,同様な訴訟が生じて,その控訴審での判断。

McMahon v. Bunn-o-Matic Corp., 150 F.3d 651 (7th Cir. 1998) [「マクマホン対バン・オ・マチック社」『連邦判例集第三編』150巻651頁(イースターブルック判事)] 。当判決の日本語による紹介・解説については,拙稿「補追」「(海外のPL制度の現状)(米国のPL法)『不法行為法第三次リステイトメント製造物責任』発表後の判例〜起草者による分析等から〜」97頁,財団法人製品安全協会・事故救済措置研究会『(平成14年度)流通合理化促進調査等(被害救済体制の整備に関する)報告書』(平成15年3月)参照。

この事件では,ドライブ・スルーで買ったコーヒーを自動車内で零してコーヒーメーカーの製造業者等を提訴。コーヒーを零して負う火傷がこれほどひどいものだということを消費者は知らないから警告が無いのは欠陥であるとか,そもそも熱すぎるコーヒーは欠陥である,等々と原告は主張しました。先程紹介した79歳の女性被害者の事件とそっくりです。(アメリカでは,一つ突出した高額評決が出てしまうと,それに続いて模倣的な類似訴訟が多発します。)

この事件を裁いたのは,大学教授出身のイースターブルック判事。元々は名門シカゴ大学法科大学院において,「法と経済学」(Law & Economics)という学際的な研究をしていただけあって,熱いコーヒーの社会的効用と,濫訴による損失とを冷静に比較衡量しつつ,次のように述べて原告を敗訴させています。

コーヒーが高温なことは常識である。だからユーザーこそが気をつけるべきである。
コーヒーの美味さはその熱さに由来する。熱くないコーヒーは美味しくない。
もしこのような事件で企業側を敗訴させるようなおかしな判例が出れば,企業はもはや熱いコーヒーを消費者に提供してくれなくなってしまう。すなわち,熱くて美味しいコーヒーを飲めるという大多数の消費者にとっての利益を奪うことになる。
火傷を負った原告には同情するけれども,自らの注意と常識によって回避できる(回避すべき)事故の補償までも訴訟を通じて被告企業に負担させるべきではない。
そのような事故の補償は,損害保険制度に拠った方が,効率的で望ましい。

以上のようにイースターブルック先生は,何でも被告のせいにする風潮を痛烈に批判しています。

さて,読者の皆さん。果たして熱いコーヒーを出すファースト・フード・チェーン店が悪いのでしょうか?それとも「自己責任」なのでしょうか?熱いことは当たりまえなプラスチック製のコーヒーカップ上の「熱い」と呼びかける警告に意味があるでしょうか…?

コーヒーの件はどちらが正義なのか微妙な感じもします。が,少なくとも原告側(+原告側弁護士)にも,それなりの理由があるということだけは理解いただけたと思います。

〈フォロー: follow〉 

訴訟社会といえばアメリカでは,弁護士は医師の天敵とされているようです。医療過誤訴訟で弁護士が医師をいじめるからです。ところでアメリカでも,一族が同じ職業を継ぐことがよくあるようです。

私の家族の者は皆,医学の職をfollowしました… 皆,弁護士に成ったのです。(笑)
Everybody in my family follows the medical profession;  … they are all lawyers.

Mar. 16, 2005追記

ところで、実は、ホット・コーヒーをこぼして大火傷を負った原告が企業を訴えて勝訴したという判例が、第二次世界大戦の頃にアメリカに存在していたという指摘を見つけました。

Carroll v. United States, 133 F.2d 690 (2d Cir. 1943)(Hand formulaで有名なCarroll Towing事件とは別の事件).

しかも同事件は、高名な判事(Learned Hand, J.、あの「ハンドの定式」を書いた判事!)が原告勝訴の控訴審判決を下していて、社会的に批判されていないという指摘でした。

そこで同判例(ハンド判事による法廷意見)を読んだところ、以下のような事実でした。即ち、荒波で揺れる船の床にコックがコーヒーを置いておいたところ、その床を職務上行き来しなければならない船員の原告がつまずいて第2度の火傷を負い、コック側の過失が肯定されたというものでした。揺れる船の中の、しかも往来のある床の上にコーヒーを置くことに過失を認定した原審の判断をハンド判事達が支持している訳ですが、過失責任が肯定されても当たり前な事例のように読めるので、この判例を持ってきて現代の熱過ぎるコーヒー欠陥訴訟と同一視する指摘は如何なものでしょうか? --- やはり判例はきちんと実物を読まないと…という教訓になりますね。

Oct. 20, 2005追記

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マ○ド○ルド・コーヒー事件(Liebeck事件)の事実

本件の事実を、詳細に、公判記録(transcripts)や原告担当弁護士への聞き取り調査等に基づいて紹介する論考を、以下のように最近発見しましたので、これを基に同事件の「事実」の要旨を紹介しておきましょう。   [なおこの論文が紹介する事実≠ヘ、もっぱら原告側弁護士らから聴取しているので、原告寄りな感触があることは否めないという点をここに記録しておきます。]

Michael McCann, William Haltom, and Anne Bloom, Law and Society Symposium, Java Jive: Genealogy of a Juridical Icon, 56 U. MIAMI L. REV. 113 (2001) (マスコミによる報道が原告に有利な事実を正確に伝達していなかったことを報道の記録を調査した上で実証し、マスコミというものは受け≠狙った報道をすることを非難し、更に、大衆がそのマスコミ報道に左右される旨を指摘。その上で、本件はマスコミ・大衆によって不当に「自己責任」("individual/personal responsibility")とモラルの低下問題として受け止められてしまったけれども、本当の問題点は、高額過ぎる治療費や社会保障の不充実等の社会問題にあるはずなのにそれを理解されなかったことが残念である、と締めくくった論文。).

 事故の模様

 提訴前の相対交渉

私の肌に与えたような酷い損害を与える程に熱いコーヒーを提供することは、誰も合理的だとは捉えないと思われます。口を火傷させるほどのコーヒーは明らかに飲めない代物です。[コーヒーを]零す事故の結果として予見されるのは、汚してしまうことか、最悪でも肌が赤くなる位のことでしょう。零したのは私自身ですけれども、コーヒーがこれ程に熱いという警告は知らされていませんでした。これ程の温度でお客に提供すべきではありません。   Id.    
[評者注:  なおここに於いて、出典論文の筆者らは、@原告が自らの落ち度を自認していることと、および、A争点は熱過ぎるという製品欠陥であるという点を指摘。---同論文の後の部分に於いて筆者らは、マスコミがこの@&Aの事実をきちんと正確に報道していないために、世論が原告を悪者にしてしまったのだ、と非難しています。]
[評者注: なお、落ち度を自らが認めているという点に関し、裁判に於けるテクニックとしては自らの非は認めた上で証言をした方が聞き手の信頼を勝ち得て有利だと言われています。すなわち、聞き手はあらかじめ話し手があるスタンスを取るであろうと予測しているところにおいて、そのスタンスとは違う自らに不利なスタンスを取って話し手が話をすることで聞き手は信頼するという訳です。ですから、たとえば、凾ェ自らの責任を認めた上で損害額を争えば、陪審員は凾ヨの信憑性を高めると言われています。 See Valerie P. Hans & Juliet Dee, Responsibility and Blame: Pshychological and Legal Perspectives, 68 BROOK. L. REV. 1093, 1114 (2003).  このテクニックを熟知した弁護士ならば、逆にπの信憑性を高めたければ、本件のように依頼人πに自らの非を一端は認めさせた後に、凾フコーヒーの熱すぎることや警告云々を責めれば、陪審員や読者の信憑性が増す、という訳です。]

 提訴と提訴後の和解交渉

 トライアルに於ける原告(π)の主張

[要約者注: もっとも冷徹な法と経済学的理論を用いれば、riskは「蓋然性×損失額」によって表されるはずであり(Hand formula)、従って蓋然性を問題にすること自体は本来は科学的に正しいはずですけれども、大衆にはこのような科学的・合理的計算は受けない≠謔、です。 Seeフォード・ピント事件の真相」のページ.] 

 トライアルに於ける被告(凵jの反論

[要約者注: 凾フ主張する「自己責任」や、同様な法理としての「危険の引受」や「寄与過失」といった、原告自身が責を負うべきであるという伝統的な考え方が、徐々にアメリカの不法行為法の発展の中で後退している、と考えることができるのではないでしょうか?  伝統的な考え方については、大衆文化と法意識の研究ページの中の「訴訟≠ノ対する法意識」の項を参照下さい。]
[要約者注: この強調部分は、前掲McMahon事件判決に於いて、イースターブルック連邦控訴審判事が法廷意見として指摘しているところでもあるのではないでしょうか。]

 評決

[要約者注: 下線部は、合理的なcalculation of risksという基準を大衆が受け入れない証左になるのではないでしょうか。同様の問題を分析・指摘するものとして、「フォード・ピント事件の真相」のページを参照下さい。]

 評決後手続

 その後

S. Reed Morgan, Verdict against McDonald's Is Fully Justified, Nat'l L. J., Oct. 24, 1994, at A20.
RALPH NADER & WESLEY SMITH, NO CONTEST: CORPORATE LAWYERS & THE PRESERVASION OF JUSTICE IN AMERICA 262-314 (1996).

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問題点

[T]he case-specific naure of the litigation process induces judges and juries to focus on narrow issues and directs their attention away from broader social or safety concerns.
I]f these lawsuits are successful, they will reduce the choices available to consumers.
Richard C. Ausness, Tell Me What You Eat, and I Will Tell You Whom to Sue: Big Problems Ahead for "Big Food"? 39 GA. L. REV. 839, 886, 884 (2005) (emphasis added).
Once the accident has occurred, hindsight may trait juror perceptions.  Instead of comparig expected benefits and costs, jurors may compare the enormous cost to the victim with the relatively negligible cost of the safety improvement.
W. Kip Viscusi, Corporate Risk Analysis: A Reckless Act?, 52 STAN. L. REV. 547 (2000) (emphasis added).

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被告マ○ド○ルド社のヴァイス・プレジデント法務室長(General Counsel)の反応

法律業界紙「全国法律ジャーナル」(National Law Journal)に掲載された刳驪ニ法務室長のコメントは、以下の通りでした。

[T]he case "has become more of a joke, although we were the first company to put warning labels on our coffee cups."

He Serves Fries and Legal McNuggets, National Law Journal, Feb. 7, 1997, at page B1 (emphasis added).

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McMahon 対 Bunn-O-Matic事件(イースターブルック判事)

Liebeck事件ではファースト・フードの店を被告としていましたけれども、本件はコーヒー・メーカーの製造業者等が被告となっている点で、両事件は事実が異なります。しかし、(1)熱すぎるコーヒーが欠陥であるか否かが争われ、かつ、(2)警告懈怠も争われ、これら争点[Liebeck事件と同じ争点です]に関して法廷意見にて詳しく、「法と経済学」の研究者としても高名な判事が分析を行っている点に於いて、非常に参考になる裁判例です。

(たとえばHoenig, Hot Coffee Warnings, infra.も、この法廷意見が危険効用衡量分析を示しているだけでなく、警告義務の射程等も示しているので、同意見を読むことを勧めています。)

本判例の日本に於ける紹介資料については、とりあえず、以下の拙考を参照下さい。

平野晋 「補追」「(海外のPL制度の現状)(米国のPL法)『不法行為法第三次リステイトメント製造物責任』発表後の判例〜起草者による分析等から〜」97頁,財団法人製品安全協会・事故救済措置研究会『(平成14年度)流通合理化促進調査等(被害救済体制の整備に関する)報告書』(平成15年3月).

以下、評者が本法廷意見をこのサイトで詳細に分析する前に、当裁判例の法廷意見中から、非常に参考になる部分をとりあえず訳出しておきましょう。

_____________________.

以下は、製品には常に危険性が伴うのであるから、危険であることだけでは欠陥ではないという大原則を示しています。

熱いお湯を作り出すからといって[コーヒーメーカが]欠陥にはならないのは、ナイフの歯が鋭いからといって欠陥ではないのと同じです。

McMahon, 150 F3d 651, at 655.

_____________________.

以下は、日常生活には危険が伴うものであるし、その危険を人々が引き受けるのは代わりに「効用・便益」を得るためである、従って危険と便益とのトレードオフな関係を衡量しなければ欠陥か否かは判断できないという製造物責任法の基本概念を、示しております。

人々は自身の危険を上昇させるためにお金を使うものなのです。--- スキーのヴァケーションに行くために人々はわざわざ高額な料金を払いますし、バットやボールが飛び交うような野球[を観]に行きます。...人々がそのようなことをするのは、スキーや野球…等から便益(benefits)を感じるからなのです。…、インディアナ州は先例に於いて、重篤な危害を作り出すように設計されていたという理由により製品を欠陥だとは非難しない旨を判示しております。… コーヒー・メーカーが華氏179度(179°F)で飲み物を温めておくことが欠陥に当たるか否かを判断するためには、まずはホット・コーヒーの効用をそのコストとの関係に於いて理解しなければなりません

McMahon, 150 F3d 651, at 658 (underline added).

なお、人といものは直感的に、危険面ばかりを認知してしまいがちで、危険面に付帯する効用面の認識を怠りがちなために、危険性判断における誤謬生じるという、認知科学・行動主義、ヒューリシティックス的分析からの以下のような指摘があるので、参考までに紹介しておきましょう。  熱いコーヒーの危険性=欠陥性を議論する際にも私達は、熱いコーヒーが生み出す効用面をついつい忘れがちではないでしょうか?!

事象の「危険」に付帯する「社会的便益」(social benefits)を見落とす場合に誤りをおかしがちです。 統計を無視して人が直感的に、危険に晒される可能性のある人命の数だけが認知して、そのような危険を生じさせる諸活動が生み出している便益を認知し怠る場合に、誤謬が生じます。

See Cass R. Sunstein, Cognition and Cost-Benefit Analysis, 29 J. LEGAL STUD. 1059, 1078 (2000) (有限な資源の中で安全性向上を図るためには、人間が認知科学的に非効率な判断をおかすことを認識し、費用便益・危険効用分析を用いることが有用であると分析・主張しています).

_____________________.

以下は、ドライブスルーなどの持ち帰り用のコーヒーが熱くても、責任を課すべきではない根拠の一つを示しています。

道路沿いの販売店で華氏180度(180°F)で売られるコーヒーは、飲まれる前の長い時間の間に温度が冷めると間違いなく予期されていたであろうから、...警告を要する程に異常であるとは思われません。

McMahon, 150 F3d at 656.

_____________________.

以下、警告義務をむやみやたらと課すことにより、かえって警告効果が希釈化するという逆効果を指摘しているので、参考になります。

凾ヘ「全てのコーヒーカップで医学教育を伝えることなどできません。如何なる製品で受傷した者も、少なくとも原告の主張する程度には説得力を有しつつ、事前[ex ante]にはそのリスクを事故後程には明確に認識していなかった、と主張することが可能です。【訳者注】 / もっと詳しく警告すべきだったと主張することは、すなわち、如何に詳しい警告表示でさえも不十分だと[主張すると]いうことになってしまいます。...。 『警告[義務]を拡大すれば、様々な困難が生じます。たとえば、もっと警告を製品上にもぐりこませなければならなくなればなる程、文字の大きさが更に小さくなり、それを消費者が読んで記憶する蓋然性も更に少なくなってしまいます。簡潔で太字の警告のみが効果的なのです。大文字ばかりで長い文章だと読めないのとほぼ同じになってしまうし、小さな文字で長い文章にすれば[読んでも意味のない]定型文だと扱われてしまいます。原告は、虫眼鏡を用いなければ読めないような詳細な警告を欲しているのです。多くの消費者は、ビデオ・カセット録画機を使うための簡単なインストラクション記述(しかも絵入りのもの)でさえも従うことができないにも関わらずに、なのです。』

McMahon, 150 F3d at 656 (先例を引用しつつ、斜体強調はオリジナルのママ).

【訳者注: ここでイースターブルック判事が用いている、「法と経済学」用語のex ante(イグザンテ:事前)とは、事後的に以前に予見可能性があったかなどを人が事後的に判断するとあったはずだという偏見が生じる旨を示唆しているものと思われます。このようなイグザンテな偏見については、訳者の「法と認知科学・人間行動」のページ内の「Hindsight Bias」(あと知恵≠フ偏見)の項を参照下さい。

_____________________.

以下は、欠陥を判断する際の基準となる、危険効用衡量分析の考え方と本件のようなコーヒー欠陥訴訟への当てはめ方法を示してくれているので、大変有用だと思われます。

火傷に関する警告を[πの主張するように真に]意味のあるものにしようとすれば、...抽象的な情報だけに止めていてはいけなくなってしまいます。そのような警告は、年間に売られたコーヒーカップの数量、その内の零れた数(その数を家庭内とかレストラン内とか自動車の中等のように場所毎に細分化すること)、及び、どの零れた場合を取ってみても重症(軽い場合や平均値に比べた場合の)に至る蓋然性は如何程なのか、[という情報]から始めて、現実の生活世界に於ける火傷の危険性に触れなければならなくなってしまうことでしょう。このような事柄を理解した後に始めて消費者は、コーヒーが熱いからこそ享受できる至高の味わいゆえに、それに伴う危険性を正当化し得るか否かを、判断でき得るからです(Only after understanding these things could the consumer determine whether the superior tatste of hot coffee justifies the incremental risk.)。このトレードオフ関係は複雑です。[従ってこのような警告・情報を付与されても]、レジの前でこのような数値を理解して即座に知的な判断を下せる消費者はごく僅かに過ぎないでしょう。そのような、薬の箱に挿入されているような詳細な警告表示は、零す事故を回避するための重要な注意をかえって漠とさせてしまいかねません。

McMahon, 150 F3d at 656 .

更に上述した引用部分の続きを以下のように読めば、欠陥を判断する基準としての危険効用衡量をコーヒー訴訟に如何に当てはめるべきかが理解できるでしょう。

「コーヒー・メーカーが華氏179度(179°F)で飲み物を温めておくことが欠陥に当たるか否かを判断するためには、まずはホット・コーヒーの便益をそのコストとの関係に於いて理解しなければなりません。コストに関しては[本件に於いては残念ながら]記録が何も示してくれません。コーヒーによる重度の火傷がしばしば生じるのか、あるいは稀なのかについて我々は知らないのです。[危険と便益・効用との]対比表の[コスト欄の]反対側には、[熱くて美味しいという]便益が全てのコーヒー好き用に存在しています。π自身、コーヒーは熱いのが好きだと証言しているのです。...。[より安全にするために温くすべきだというπの主張に従った場合の] 設計変更により得られる便益(火傷の頻度と重篤度とが低減すること)を、[それにより生じる]コスト(コーヒーを飲むことから得られる喜びが減じること)との間で何らかの方法で比較しなければ、コーヒーを華氏179度で保温するように設計されたコーヒー・メーカーが危険性に対して注意を怠り過失であったなどとは言うことが不可能なのです

McMahon, 150 F3d 651, at 658 (underline added)(なお上の訳出引用文の後には、アメリカ工業基準を基にしつつ、熱さにこそコーヒーの香りと味の美味しさが引き立つという事実をイースターブルック判事が指摘する文が続きます).

なお、このようにナラティヴに説明された危険効用の衡量を、その基となったハンド・フォーミュラに置き換えて訳者なりに解釈すると、以下のようになるのかもしれません。

ハンド・フォーミュラ  :  B  <  P × L

コーヒーの熱さ     : 好い香り+美味という便益の喪失  > (零して重症に至る年間件数÷コーヒー売り上げ年間総数)  × 零して重症になった際の1件当たりの損失額

すなわち、コーヒーが熱いことにより得られる「便益・効用」を示す左辺に比べて、右辺はこぼして重症に至るリスクを表し、そのリスクを回避するために効用を諦めて冷たいコーヒーに消費者全員が受忍する程であるか否か、それ程ではないのではないか、と計算すべきだと解せられます。

ところで、Liebeck事件では、コーヒーの熱さに関して、過去10年の間に700件ものクレームがありながら凾ェ改善しなかったことが非難の対象になりました。しかし、あれだけ大量に毎日売っているコーヒーの数量の10年分の総数の内、700件という件数を、上の式の「P」として算出してみれば、実は、リスクは、大きなものではないのではないでしょうか???そこで算出されたPという頻度の値に、Lを乗じて出て来る価値こそが、真のリスクなはずです。とすれば、その数値は、普通の注意深い消費者全員が、熱くて美味しいコーヒーを我慢するほどの値になるでしょうか????
なお、上のような「計算」が合理的であるにも関わらず、陪審員や裁判官等の人間は、そもそも生命身体・安全性に関する計算を嫌う偏見が存在する、という分析に関しては、「フォード・ピント事件の真相」のページを参照下さい。 このような分析からすれば、Liebeck事件の高額懲罰賠償評決が下った原因は、正にそのような偏見の結果だったということになるのではないでしょうか。

イースターブルックが法廷意見の最後の段落に於いて、以下のように指摘していることから推しても、右辺(コーヒー火傷によって重症に至る[稀な]事故を避けること)が、左辺(コーヒーの温度を下げるという事故防止策・事故回避策を採ることによって、好い香りと美味が多くの注意深い消費者達から奪われること)との間で、トレードオフな関係になっていることが読み取れるのではないでしょうか。

普通の家庭にあるような飲み物で重傷を被った…πに対して同情することは容易いことです(It is easy to sympathize with Angelina McMahon, severely injured by a common household beverage....)。司法制度を用いて、πが被った損害のコストを誰か他人に転嫁する[という考え]は、πにとっては魅力的かもしれません(Using the legal system to shift the costs of this injury to someone else may be attractive to the McMahons, ....)。しかし、それは、熱い飲み物が好きなコーヒー愛好者達に悪い結果をもたらすことになるのです([I]t would have bad consequences for coffee fanciers who like their neverage hot.)。

McMahon, 150 F3d at 659 (underline added).

なお、製造物責任法・不法行為法に於ける本当の危険効用衡量=費用便益衡量に於いては、単に可愛そうなπの救済という要素だけを考慮していては駄目であり、他の大多数の消費者の利益(本件ではコーヒー愛好家が美味・香りを享受するという便益)も考慮した上でなければ欠陥認定すべきではない、という倫理的な根拠を主張する論文として、以下も参考になります。

_____________________.

以下、最安価事故回避者的に、事故回避が容易に可能な受損者こそが回避義務を負担すべきである、ユーザーが日常のリスクを避けるという義務を負うべきである、という思想を示唆しています。なお、同思想は、訳者の「自己責任に関する考察」のページ内の「犠牲者・ヒガイシャ¢ホ負傷者=vの項を参照下さい。

インディアナ州[法]は、πが考えているような詳細な警告を表示するように売主に要求することはありません。州は、日々の生活上の危険性については消費者が自身で学習することを期待しているのです([Indiana] expects consumers to educate tehmselves about the hazards of daily life)。すなわちマッチや、ナイフや、キッチンのレンジの危険性とか、魚の中の骨の危険性とか、更には、熱い飲み物の危険性は、ドライブでファースト・フード店に立ち寄る消費者が、一般的な読み物や経験を通じて知ることができるので(the hazards of daily life --- of matches, knives, and kitchen ranges, of bones in fish, and of hot beverages --- by general reading and experience, knowledge they can acquire before they enter mini mart to buy coffee for a journey)、州は消費者自身がそのような危険性は自身で学ぶことを期待しているのです。

McMahon, 150 F3d at 656 (underline added; italics are original).

____________________.

以下、日常生活上の全ての危険な活動(たとえばスキーや野球に興じることに伴う危険等)に於ける損失の補填は、不法行為法・裁判に拠るべきではなく、事故損害保険を付保することで填補すべきであるという思想を示しています。   なお、同思想は、訳者の「自己責任に関する考察」のページ内の「犠牲者・ヒガイシャ¢ホ負傷者=vの項を参照下さい。

[司法制度に拠る救済ではなく、むしろ]健康・事故保険ならば、司法による高額なコストを掛けることなく、かつ、[消費者全員にとって]生ぬるくなってしまうコーヒーを飲まされる事態に至るという副作用も生じること無しに、πが被ったような損害を扱うことができます。…。インディアナ州法は、人間の存在に於いて普通に生じるような種類の損害に対しては、たとえそれが如何に酷い損害であったとしても、損害に対する不法行為制度を通じて凾笂ッじような立場の企業をして保険者としての役割を担わせるようなことはしないのです。

McMahon, 150 F3d at ____.

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"効用"を尊重し、かつ、他人の利益も"平等"に尊重することの重要性

製品の欠陥を検討する際に、大衆はしばしば、π(受傷者)以外の大多数の消費者が享受する「効用」を、ついつい考慮し損なうことが無いでしょうか?

この点について、以下で引用する第一次リステイトメントを起草した不法行為法学者Bohlenが、以下のように述べていると伝えられています。
[剪Bによる]行為の一般的な効用は、そのような行為のある特別な場合によって侵された原告の致命的な利益を目の当たりにした陪審員からは、多くの配慮を得難くなりがちである。裁判所は[凾フ]行為の社会的な価値...を強調するかもしれないけれども、陪審員にとっては、ある人が他の人によって害を被らされたとしか見ないであろう。...」 Francis A. Bohlen, Mixed Questions of Law and Fact, 72 U. PA. L. REV. 111, 118 (1924) cited in Stephen G. Gilles, On Determining Negligence: hand Formula Balancing, The Reasonable Person Standard, and the Jury, 54 VAND. L. REV. 813, 837 n. 86 (2001).

更に、π(受傷者)以外の大多数の消費者の享受するその「効用」という利益に対して、平等に尊重することを、ついつい考慮し損なうことが無いでしょうか?

加えて、πのような重篤な受傷者が、大多数の注意深い消費者に比べて極めて稀な数値になるという点も、眼の前の重篤な(=かわいそうな)πを目の当たりにすると、ついつい考慮し損なうことが無いでしょうか?

そのような問題を解決する為に有用な基準として、『不法行為法(第一次)リステイトメント§§292-293』が妥当するのではないでしょうか。

すなわち同リステイトメントは、ハンド・フォーミュラの左辺(B=Burden)に相当する考慮要素を複数挙げた上で、その一つとして「the social value which the law attaches to the interest which is to be advanced or protected by the ['s] conduct」(§292 (a))も挙げています。 これは熱いコーヒーの社会的な価値ですから、正に「香り」や「美味」といった「効用」に相当します。

更に同リステイトメントは、ハンド・フォーミュラの右辺(Probability x Loss)に相当する考慮諸要素の一つとして、「the number of persons whose interests are likely to be invaded [by ]」(§293 (d))を挙げています。 これはハンドの「L」に相当し、熱いコーヒーで重篤な火傷を負う人の人数(極めて稀?)となるでしょう。 

このように、忘れがちな「効用」や「受傷者の人数(極めて稀?)」といった重要な検討要素も、ハンド・フォーミュラよりも検討要素を詳しく列挙するリステイトメントの思想を適用してみると、明確になるのではないでしょうか?

なお、同リステイトメントの詳細については、「ハンドの公式」のページを参照下さい。

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その他のコーヒー火傷訴訟

さすがにアメリカ判例法の傾向・大勢は、原告(π)に対して厳しいようです。Liebeck事件は特異な例なのかもしれません。 以下、類似した裁判例を挙げてみましょう。

凵i被告・企業)に有利な判断に至った裁判例
(例示)
π(原告・受損者)に有利な判断に至った裁判例
(例示)
________________ Carroll 事件(前掲)(1943).
Huppe v. Twenty-First Century Restaurants of America Inc., 497 NYS2d 306 [N.Y. Supp. 1985]. ________________
Lamkin v. Braniff Airlines Inc., 853 F. Supp. 30 (D. Mass. 1994). Liebeck事件(前掲)(1994).
Barnett v. Leiserv Inc., 968 F.Supp. 690 (N.D. Ga.),
aff'd without opinion,
137 F.3d 1356 (11th Cir. 1997).
Nadel v. Burger King, .695 N.E.2d 1185 (Ohio App. 3d 1997), review denied, 684 NE2d 706 (Ohio Sup. Ct. 1997).
Greene v. Boddie-Noell Enterprises Inc., 966 F.Supp. 416 (W.D. Va. 1997).
Holowaty v.McDonald's, Corp., 10 F.Supp.2d 1078 (D. Minn. 1998). ________________
Oubre v. E-Z Serve Corp., 1998 La. App. Lexis 1392 (5th Cir. 1998).
McMahon事件(前掲)(1998).
Garlinger v. Hardee's FoodSystems, Inc., 16 Fed. Appx. 232, 2001 WL 929767(4th Cir. [W.Va.] 2001).
McCroy v. Coastal Mart, Inc., 207 F.Supp.2d 1265 (D.Kan. 2002).

Huppe v. Twenty-First Century Restaurants of America Inc., 497 NYS2d 306 [N.Y. Supp. 1985].

夫が車をレストランの駐車場からバックしたところ、妻が手に持っていたコーヒーがこぼれ、レストラン(凵jを訴えました。凾ヘサマリー・ジャッジメントを申し立て、裁判所がこれを認容してπの訴えを却下。主な理由は以下。
1. コーヒーが熱いというだけでは欠陥とはいえません。
2. 熱いことを警告懈怠しても過失に該当しません。
3. こぼした後にお客を助ける義務が凾ノあったと仮定しても、その義務を違反したという証拠がありません。

Lamkin v. Braniff Airlines Inc., 853 F. Supp. 30 (D. Mass. 1994).

旅客機の座席の前の折りたたみ式シェルフに置いていたコーヒーをがこぼれて、航空会社を提訴。πが過失を立証していないと裁判所が判断しました。

Barnett v. Leiserv Inc., 968 F.Supp. 690 (N.D. Ga.), aff'd without opinion, 137 F.3d 1356 (11th Cir. 1997).

子供がレストランで購入したコーヒーがこぼれて親が製造物責任上の厳格責任を理由に提訴。凾ェサマリー・ジャッジメントを申し立てました。裁判所は、製造物責任がレストランには当てはまらないなどとして凾フ申し立てを認容しました。

Greene v. Boddie-Noell Enterprises Inc., 966 F.Supp. 416 (W.D. Va. 1997).

レストランのdrive-up windowにて購入したコーヒーがこぼれて製造物責任を理由に提訴。凾ェサマリー・ジャッジメントを申し立てました。裁判所は、コーヒーが理不尽なまでに危険であることを立証していないなどとして凾フ申し立てを認容しました。

Nadel v. Burger King, .695 N.E. 2d 1185 (Ohio App. 3d 1997).

To Be Filled.

Holowaty v.McDonald's, Corp., 10 F.Supp.2d 1078 (D. Minn. 1998).

自動車に乗車中に零して第二度の火傷を負った女性が提訴。凾ェサマリー・ジャッジメントを申し立てました。連邦地裁は、以下の理由により凾フ申立を認容(剌汨i)。
1.販売時のコーヒーの温度ゆえに欠陥とは言えません。
2.コーヒーによって火傷する危険性は明らかかつ自明(open and ovbious)なので、警告する義務はありません。
3.警告懈怠と損害との間にはそもそも因果関係がありません。
4.過失責任法理での請求も棄却。
5.該コーヒーはUCC上の商品性の黙示の保証違反にも該当しません。

Oubre v. E-Z Serve Corp., 1998 La. App. Lexis 1392 (5th Cir. 1998).

凾ナ購入したコーヒーを自動車運転中にこぼして提訴。事実審は、コーヒーが欠陥でもなく警告義務もなかった等と認定。控訴審も原審を支持。

Garlinger v. Hardee's FoodSystems, Inc., 16 Fed. Appx. 232, 2001 WL 929767(4th Cir. [W.Va.] 2001).

ファースト・フード店のコーヒーで火傷した損害賠償を求めるπに対し、事実審は、指図評決(directed verdict)で剌汨i判決に加えて、πからのニュートライアル申立却下というを下しました。控訴審では、華氏180-190度(180°F-190°F)のコーヒーが火傷に至る旨を証言予定の鑑定証人が認容されなかったことの誤謬が争われ、控訴審が誤謬無しの判断を下しました。

McCroy v. Coastal Mart, Inc., 207 F.Supp.2d 1265 (D.Kan. 2002).

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主要参考文献・出典

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【未校閲版】without proof