徹底研究十二人の怒れる男』(その1)    

Twelve Angry Men
中央大学教授米国NY州)弁護士 博士(総合政策、中央大学) 平野 晋

Susumu Hirano; Professor of Law, Graduate School of Policy Studies, Chuo University (Tokyo, JAPAN) ; Professor, Faculty of Law, Meiji University (Tokyo, Japan) ; Member of the New York State Bar (The United States of America) . Copyright (c) 2008 by Susumu Hirano.   All rights reserved. 但し作成者の氏名&出典を明示して使用することは許諾します。もっとも何時にても作成者の裁量によって許諾を撤回することができることとします。当ページ/サイトの利用条件はココをクリックTerms and Conditions for the use of this Page or Site. 当サイトは  「研究『12人の怒れる男』」の上級編です。関連ページは、アメリカ等の法律学に於ける学際的分野「法と文学」(Law & Literature)、および「法と文化研究」(Law & Cultural Studies)です。

目次

十二人の怒れる男」(1957年、MGM/United Artists、ヘンリー・フォンダ主演)

 / 

はじめに――作品製作の背景等

I. 冤罪の防止

II. 正義を担保する仕組み ――「公正な裁判」、「偏りの無い陪審裁判」、そして「熱心な擁護者」 一.作品では陪審以外の司法制度(判事、検察・警察、弁護人)が適正に機能していない?! 二.「公正な裁判」  三.「偏りの無い陪審裁判」 / 四.「熱心な擁護者」  五.証拠法

以上、当ページ。
________________.

以下、「徹底研究『十二人の怒れる男』(その2)徹底研究『十二人の怒れる男』(その3)徹底研究『十二人の怒れる男』(その4)徹底研究『十二人の怒れる男』(その5)に続く。

III. 証拠に基づく評価と偏見の除去  / 一. 「証拠法」と「偏見・先入観」 / 二.偏見を示唆する様々な場面
IV.
「説示」と陪審制  /一.「beyond a reasonable doubt  / 二.陪審団の構成員――多様性  三.裁判に於ける陪審の役割、独立性、および秘密性  四.「jury nullification / 五.全員一致の原則  六.その他、陪審制度に就いて

V. 投票が先か議論が先か? / 一.「評決に駆られた評議」対「証拠に駆られた評議」 / 二.投票が先 / 三.対話の必要性――「熟議民主主義」

VI.misconduct」――法廷外証拠の陪審による検討等

VII. 証人・証言のリスクと回避策と『藪の中』 / 一.「宣誓」の意味に就いて / 二.「demeanor」を観察することの重要性に就いて / 三.芥川龍之介の『藪の中』と黒澤明の「羅生門」 / 四.「人は自ら見たいと望むものを見る」問題―「自己奉仕偏見」

VIII. 凾ヘ有罪だったかも…?

参考文献

はじめに――作品製作の背景等

l         通常の法律映画では、陪審員は沈黙してtrialを眺める受動的な役割しか負っていないのに、「十二人の怒れる男」は「陪審評議」(jury deliberation)に焦点を当て、声高に言い争って衝突が生じ、「dynamic of group deliberation」にこそdramaが在る[1]

O         実際の陪審評議では此のように正確な証拠の評価は行わないし、従ってドラマも無いという指摘もある[2]

l         「十二人の怒れる男」も一人の正義が多数派に抵抗して最後は勝つという「ローンレンジャー/カウボーイ」的展開[3]。――そう云えばヘンリー・フォンダは戦争映画「バルジ大作戦」(Battle of the Bulge, 1965年、Warner Bros. ロバート・ショウ共演)に於いてさえも、一人でドイツ軍の大反撃を予想して同僚から変人扱いされる孤独なローンレンジャーを演じていたのではないか...?! (平野)

O         ヘンリー・フォンダは父性とキリストの役割を象徴し、12使途のような十一人の陪審員達が最後にはキリストの導きに従っている[4]。なお9th Juror8th Jurorの父親的な役割である[5]

O         [ヘンリー・フォンダ以外の]普通の人々は放っておけば「悪に導かれ易い傾向」(the potential to lead to evil )を有することを、「十二人の怒れる男」は例示している[6]

O         ヘンリー・フォンダは純粋なアメリカン・ヒーローである[7]ヘンリー・フォンダはジョン・フォード監督の映画「怒りの葡萄」(The Grapes of Wrath1940年、20th Century Fox、ジョン・スタインベック原作)に於いても、正義を求める若者を演じている。映画を恒常的に観ている人々は、ヘンリー・フォンダが、推定無罪とかbeyond a reasonable doubtな立証の必要性といった基本的な法的諸原理の擁護者であるというキャラクターを期待している。「十二人の怒れる男」の最初から観客はこの物語が如何に終結するのかに就いての力強い手掛かり(cue)を得ているのである。その劇的な緊張感は結末にではなく、寧ろ法的・憲法的な理想に協調するような陪審評議の手続を進めるべくヘンリー・フォンダが如何に言葉を使い主張を展開するのかという点にこそ存在するのである[8]

l         アメリカ人大衆が好む「冤罪もの」にも属する――人気を博したTVシリーズ「ペーリー・メイソン」(Perry Mason、レイモンド・バー主演、CBS TVシリーズ、NBC TV映画)や、「逃亡者」(The Fugitive、デヴィッド・ジャンセン主演、ABC TVシリーズ、後の1993年にハリソン・フォード主演のWarner Bros.で映画化)も、冤罪ものである[9]

l         元々はReginald Rose(脚本)によるTVドラマ――同氏が実際の陪審員体験に基づいて書き、一定の主題に添った作品集「Studio One」の一つとしてCBSが1954920に放映したものを、Sidney(シドニー) Lumet(ルメット)が映画用に初監督した作品[10]

O             Sidney Lumetは、「セルピコ」(Serpico, 1973年、アル・パチーノ主演、Paramount Pictures)、「狼たちの午後」(Dog Day Afternoon1975年、アル・パチーノ主演、Warner Bros.)、「評決」(The Verdict1982年、ポール・ニューマン、シャーロット・ランプリング、ジェームズ・メイソン出演、20th Century Fox)、等で有名な監督。彼はstrong civil libertarianでありその思想が作品に持ち込まれている[11]

O             TV化した時代には未だ収録による放送が出来ず全てライブ放送だったので、結果的に非常に密度の高いドラマに仕上がった[12]

l  製作された当時はちょうど「レッド・パージ」が吹き荒れていた中で(陪審員#3を演じるLee J. Cobbもその渦に巻き込まれた役者であった)、ハリウッドもその波の最中であった。映画作品もソ連に対してアメリカの優位性を劇的に表すようなものが好まれたから、「十二人の怒れる男」がアメリカ司法制度の優位性を謳っている点は驚きでは無い[13]

l       アカデミー賞の三つの候補に成ったけれども、それら全ては競合作品「戦場にかける橋」(The Bridge on the River Kwai, 1957年、デヴィッド・リーン監督、ウイリアム・ホールデン主演、Columbia Pictures)に持って行かれてしまった[14]。興行的には支持を得られず、主に「通(ツウ)に受け」る作品であって大衆受けはしない[15]。尤もAmerica Film Institute (AFI)は「The Greatest Fifty Movies Heroes of All Time」に於いてJury #8を第十五位に列している[16]

l         監督のシドニー・ルメット曰く、「十二人の怒れる男」は、陪審賛成映画でも、反対映画でも無い。これは人間行動に関する映画である、と[17]

l         影響を受けた最近のTV番組には「名探偵モンク(シーズン4)(Monk)があり[18]、それら影響を受けた輪廻的作品(reincarnations)を通じて新世代の人々にも「十二人の怒れる男」は伝承されている。

l         映像表現に就いて...↓

O         平野: 法律映画に於いては何故か裁判所が暑く人々が汗を拭っている。 / 評議の途中で戸外が土砂降りの雨に成るのは陪審員同士の対立の暗示であり、最終シーンで9th Juror8th Jurorが裁判所の正面玄関から出て行く際には晴れ上がっているのは無事に陪審の義務を終えたことを暗示しているのではないか? ← 後掲「II. 正義を担保する仕組み」内の「三.偏りの無い陪審裁判」参照。

O         Asimow & Mader: 最初に裁判所の正面玄関を下から見上げて映しているのは、権威を示している[19]。 / 評議の最後の方に於いて、3rd Jurorの顔をクローズアップで映す際には彼が孤立している様を表している[20]

O         Popke: 最終シーンで9th Juror8th Jurorが裁判所の正面玄関から出て初めて名前を紹介し合うところは、名前さえ知らない者同士が中立的に熱心な共同作業をしていたことを表し、其れ迄の番号で呼び合って居た陪審員の役割を終えて名前で呼び合える普通の市民に戻ったことも表している[21]。← 後掲「II. 正義を担保する仕組み」内の「三.偏りの無い陪審裁判」参照。

 

目次に戻る

I. 冤罪の防止

l       [犯罪者を野に放したがらない大衆心理]  ブレークタイム中のトイレの中での会話から...。DVD at ch.6:0:38:3139:10, Rose at 27-28 (emphasis added).

 

6th Juror       He’s guilty for sure.  There’s not a doubt in the whole world.  We shoulda been done already.  Listen, I don’t care, y’know.  It beats workin’.  (8th Juror smiles.)  You think he’s innocent? 

8th Juror       I don’t know.  It’s possible.

6th Juror       I don’t know you, but I’m bettin’ you’ve never been wronger in your life.  Y’ oughta wrap it up.  You’re wastin’ your time. 

8th Juror       Suppose you were the one on trial?

6th Juror       I’m not used to supposing.  I’m just a working man.  My boss does the supposing.  But I’ll try one.  Suppose you talk us all outa this and the kid did knife his father?

________________.

 

l         平野: 十二人の男達が怒っていたのは、犯罪者を自由の身にして野に放つ危険・不正義と、逆に、無実の者を冤罪で死に追いやることとの間の葛藤であったのかもしれない...。

O         それはデンマーク王子の葛藤に近いかもしれない――父の亡霊が正しいのか?叔父の新王は無実なのか

l       以下は、英国の法律家Blackstoneの有名な言葉[22]

Better that ten guilty persons escape, than that one innocent suffer.

O         「10対1」の冤罪確率を「Blackstone’s ratio」と云う[23]

 

l         更に「the presumption of innocence」も、古くから維持されて来た有名な法原則[24]

l         アメリカ司法制度に於いてはuncertainty about guilt means acquittal.」であることを「十二人の怒れる男」は強調している[25]

l         「十二人の怒れる男」に於ける争い[怒り]の究極の原因は、白人だけで構成される陪審員達が警察を信用するか否かに在るのではないか?[26] 

O       ヘンリー・フォンダは警察の仕事の適正さに対して強い疑念を抱いているように描かれている[27] 陪審が勝手に現場付近を捜査して同型ナイフを評議室に持ち込んで評議に附したのは陪審員の宣誓に違反するmisconductであったけれども、観客は彼を陪審員から除外(discharge)すべきとは思わないであろう[28](.後掲「VI.misconduct』」参照。) ――プエルトリコ人の被告人()に対する警察の予断と、これに同調して警察に信頼を寄せ過ぎる傾向に在る他の陪審員達へのチェック機能を果たす為にヘンリー・フォンダがイニシアティヴを執ったと観客に納得させる力が脚本には在る[29]

O       構成員がもっと「多様」であったならば此処まで争うことなく無罪評決に至っていたかもしれない[30] (→アフリカ系アメリカ人は警察への不信をより多く抱いているという実証研究に基づく指摘に就いては、後掲脚注FN#155参照。)

l         実際の陪審には「ヘンリー・フォンダ」が居ないので、一体どーなってしまうのかと多くの者が心配になる[31]

O       尤も、「十二人の怒れる男」の他の陪審員は余りにも(ひど)い人達で揃えられている―偏見に満ちていたり、日和見主義者だったり、と[32]。 ← 実際の刑事裁判では、陪審以外の司法制度(判事、検察・警察、弁護人)も作品よりきちんと機能することが必要[33](後掲「II.正義を担保する仕組み」参照。)

l         「十二人の怒れる男」の中心的メッセージは、刑事司法制度が犯罪者を有罪にするのと同じ程度に無罪の者を犯罪者にする虞であり、だからこそ陪審にとっての主要かつ非常に困難な仕事は被告人が事実上有罪か否かを決することにあるという点である[34]

O       尤も実証データ的には陪審裁判による冤罪率が高いという証拠は無く、陪審制度が無罪の者を多く有罪にしているという誤った「伝説」(myth)悪戯(いたずら)に煽れば刑事裁判制度に対する大衆からの信頼らぎ延いては無罪の被告人も陪審裁判による罪を恐れて安易な有罪答弁に走る虞が高まるという批判もある[35]

O       近年の陪審員候補者の中には、法医学的証拠(forensic evidence)が無ければ絶対に有罪を認めないような、「CSI(シー・エス・アイ) bias(偏見)」と呼ばれる人々さえ現れ出している[36]

O       逮捕から公訴に至る刑事司法制度が全然信用ならず、全ての凾実際に無罪だと看做し、且つ全ての陪審員がヘンリー・フォンダのように行動しなければ冤罪が多産されると解釈するのは行き過ぎかもしれない[37]

l         ヘンリー・フォンダ以外の陪審員の問題は、@日常の諸事を優先して拙速(haste)に決しようとし、A安易な偏見(bias)に左右され、且つB在り来たり(ありきたり)の事件であると看做(boredom)して凾フ有罪を決め付けることにあり[38]、一言で言えば凾ノ対する「無関心」(indifference)ゆえに「個人の責任」(individual responsibility)を果たして居ないから公正な陪審裁判制度が機能しないのであって、ヘンリー・フォンダのみが「全員一致」(unanimity)原則に於ける反対票を用いて時間を稼ぎつつ、「主張」(argument)と「理由」(reason)に訴え掛けて「合理的な疑い」(a reasonable doubt)に関する「熟議」(deliberation)に導くことで個人の責任を果たしている[39]。実際の陪審では「ヘンリー・フォンダ」が居ることを期待できないからこそ、皆が個人の責任を果たすことが重要[40]

l       「十二人の怒れる男」は、評議室に於いて「理性が偏見に最終的に打ち克つこと」(triumph of reason over prejudice)を肯定した作品[41]、または「評議」を通じて悪い陪審員が思慮深く証拠をより深く検討し且つ根拠を通じて集団的な評決に至ることを示した作品である[42]。 ← 尤も「十二人の怒れる男」は、陪審員に拠る証拠の評価の仕方に問題があるので、理想的な陪審・陪審員の行動の手本としては薦められないという批判もある。後掲「VI.misconduct』」参照。

O       「多数派の専制」(tyranny of the majority)へ対抗することの重要さを教えた作品である[43]。 

l         実際には以下の三点から陪審が冤罪を避ける為には、ヘンリー・フォンダのような陪審員自身の努力が必要である[ことを「十二人の怒れる男」は教えてくれる。][44]: @反対者が多数派のグループ・プレッシャーに対抗することの困難さ; A目撃証言は通常は陪審にとって非常に説得的であること; およびB検察が有罪だと主張する凾悪人だと決め付けがちな人間の傾向とその現れである75%85%の刑事陪審裁判の有罪率。

 

目次に戻る

II. 正義を担保する仕組み ――「公正な裁判」、「偏りの無い陪審裁判」、そして「熱心な擁護者」

一.作品では陪審以外の司法制度(判事、検察・警察、弁護人)が適正に機能していない?!

l       陪審員達が怒るに至った原因は、公正な裁判を担保すべき司法制度が以下のように適正に機能していなかったからだと指摘されている[45]。――判事も弁護士も凾ノ対し無関心だったことに問題あり[46]

O       判事が「陪審説示」(後掲「IV.『説示』と...」参照)を読み上げる際の表情はダルそうで眠いのを(これ)えられないようにさえ映っている[47]

O       本件に飽きている判事の様子は陪審員に伝わり、凾ヨの無関心さが注意するに値しない事件であると捉えられ、熟議無しに最初の投票だけで有罪を決することに繋がったのである[48]

O       弁護人も熱心な弁護を怠っている[49]。弁護士さえも無罪を信じていない凾、陪審も信じられないと捉えている[50]。 (後掲「四.熱心な擁護者」参照)

l       「十二人の怒れる男」が示すように、判事や警察や弁護士等の他の司法機関が不十分な場合には陪審の役割が特に重要に成る[51]

l       「十二人の怒れる男」は、個人の無関心が容易に冤罪・死刑を許してしまうことと同時に、その弊害を回避する為には個人が責任を全うすることの重要性を表す作品である[52]。――公正な裁判を維持する制度機能として、弁護士、判事、および陪審制度が用意されていても、その制度を実際に動かしている人々が無頓着であると弊害を許してしまう[53]。制度を担う人々がその役割を真摯に捉えなければ誤謬が生じるのである[54]

 

目次に戻る

二.「公正な裁判」 ――陪審制度に就いては次項「三.偏りの無い陪審裁判」参照。

l         基本構造は、選挙で選出された検察が主導権を執る「accusatorial」であり、裁判官が主導権を執る「inquisitorial」では無い[55]

l       司法制度は[56]

-「中立的」(impartial)で、且つ

-「十分に情報を提供された」(fully informed)上での判断を求める。

l         adversary system」と「陪審制度」が二大特徴であり、手続に大きな価値を置き、human dignityautonomyfreedom等にも重い価値を置き、例え「真実」追究の妨げになっても一定の人権保障的な制度が組み込まれている。E.g., privilege against self-incrimination」「exclusionary rule(e.g., Miranda rights[57])attorney-client privileged communication[58] etc.

l         truth」が不明であって、所詮は「科学」ではなく(exact scienceでは無い」という台詞引用@後掲「VII.証人・証言のリスク...」参照)多くの者の納得のゆく「判断」が求められる司法制度の現実に於いて、「adversary system」の利点は以下[59]

(1) 判定者(decision maker)が「中立的」(impartial)且つ「受動的」(passives)

(2) [判事・陪審が内容から距離を置くことにより]当事者の「平等性」に寄与。

(3) 当事者自身が主張・立証を行う。

(4)「党派主義」(partisan[60])的な対立構造。

 

O         (1) 判事と陪審は「中立的」で「受動的」な判定者に徹する[61]

捜査・証拠収集の役割を決定者から分離。∵前者が後者をtaintするから。

u       捜査者は、情報を評価してからでないと次の捜索方針が決まらない。(preliminary theorizing)

u       無意識の内に、preliminary theorizingを肯定する証拠を採用し、反する証拠を排除してしまう。← belief bias / confirmation bias? (法と認知科学/行動経済学)[62]

O           (2) [判事・陪審が内容から距離を置くことによる]当事者の「平等性」に寄与[63]

良き判事はサッカーのレフリー。

u       ∵ボールをゴールに蹴り入れるのではなく、両当事者を公正に戦わせることが重要。

u       どちらの主張・立証の内容にも加担せずに、証拠法(後掲「五.」)と手続法を適用する。

O         (3) 当事者自身に拠る主張・立証[64]

収集される情報の量・質が向上する。

(i)   当事者には自身に有利な情報収集のインセンティヴ在り。

(ii)  当事者は自身に有利な情報収集にのみ集中可。

判事が一方当事者側の証拠収集提示をすれば、中立性を疑われてしまう

O         (4) 「党派主義的」な対立構造[65]

審議が不十分なママで決定(premature decision making)に至ることの阻止に資する。[adversary sys.では反論も十分に考慮してから決定に至る。]

u       E.g., 直接尋問に引き続いて、反対尋問の機会を付与 competing viewを決定者に提示。

u       E.g.,hearsay(伝聞証拠)排除の原則」(後掲「VII.証人・証言のリスク」参照)は、反対尋問に拠るconfrontationの機会を付与しないことが理由。

u       控訴審(法律審)が、trial courts(事実審)の事実認定を尊重する理由も、fact finder (trial judge / jury)こそが証人・証拠(含、態度、信憑性)を直接観察・評価する機会を得ていたから。

 

l         被告人()は、検察・警察による権利濫用から守られる為の憲法上の様々な保障を賦与されている[66]

O         「公正な裁判」(fair trial)を受ける権利の保障――『合衆国憲法』修正第六は以下のように裁判に関する諸権利を規定[67]

In all criminal prosecutions, the accused shall enjoy the right to a speedy and public trial, by an impartial jury …, and to be informed of the nature and cause of the accusation; to be confronted with the witnesses against him; to have compulsory process for obtaining witnesses in his favor, and to have the Assistance of Counsel for his defence.

 

l       一人だけ無罪票を投じた8th Jurorを説得しようとする場面に於いて、立証責任」が検察側に在る指摘が表れている。 DVD at ch.4.0:16:02, Rose at 16 (emphasis added).

 

2nd Juror   Oh. Well --- (He poses nervously.)  Well, it’s hard to put into words.  I just --- think he’s guilty.  I thought it was obvious from the word go.  I mean nobody proved otherwise.

8th Juror    Nobody has to prove otherwise.  The burden of proof is on the prosecution.  The defendant doesn’t have to open his mouth.  That’s in the Constitution.  You’ve heard of it.

_____________.

 

l         right not to testify」「right not to have that silence used against the defendant」に関する憲法上の根拠規定は以下[68]

O         『合衆国憲法』修正第五「自己負罪拒否特権」([right against] Self-Incrimination Clause)

No person shall be …;  nor shall any person be subject for the same offence to be twice put in jeopardy of life or limb;  nor shall be compelled in any criminal case to be a witness against himself, nor ….

O  『合衆国憲法』修正第十四「適正手続の保障」(Due Process Clause)

….  No State shall make or enforce any law which shall abridge the privileges or immunities of citizens of the United States;  nor shall any State deprive any person of life, liberty, or property, without due process of law;  nor deny any person within its jurisdiction the equal right protection of the law.

 

目次に戻る

三.「偏りの無い陪審裁判」

l       無作為に選ばれた陪審員の中立性が、11th Jurorに拠る陪審制度の素晴らしさの演説中に出て来る。 DVD at ch.9.1:00:021:00: 59, Rose at 48-49 (emphasis added).

 

11th Juror  Pardon.  This fighting.  This is not why we are here, to fight.  We have a responsibility.  This, I have always thought, is a remarkable thing about democracy.  That we are, uh, what is the word?  Notified.  That we are notified by mail to come down to this place and decide on the guilt or innocence of a man we have never heard of before.  We have nothing to gain or lose by our verdict.  This is one of the reasons we are strong.  We should not make it a personal thing.

__________________.

 

l         最後のシーン(DVD at ch.15.1:34:28)でも、8th Juror9th Jurorが名前(given names)を紹介し合うことから、名前さえ知らない者同士という中立的な市民達が「熟議」(後掲「V. 投票が先か議論が先か?」参照)を行ったことが示されている。―― 何事も無かったかのように、裁判所の入り口の階段を下りて日常生活に戻って行く場面からも、陪審に拠る「熟議」が当然の「市民の義務(civic duty)であることを暗示しているのではなかろうか...。

O         平野: 因み(ちなみ)激しい雨が上がっていることから、「雨降って地固まる」の(ことわざ)も東洋人にはremindされるのではないか...。

l         陪審は法廷内の証拠のみに基づいて判断しなければならない。→ ∴後掲「VI.misconduct』」参照。

O         連邦最高裁も次のように述べている。「陪審裁判の権利とは[即ち]要約すれば、偏りの無い(impartial)、中立的な陪審員達(“indifferent jurors”)から成る陪審団に拠る公正な裁判(fair trial)を、刑事被告人に、保障することである。 ...。陪審員は、裁判に於いて展開された証拠に基づいて(based upon the evidence developed at the trial)評決を下さなければならない。」と[69]

l         偏りの無い陪審制度を担保する仕組みに就いては、「陪審員候補団名簿」(jury venire(ヴェナイリ) / jury pool)を「地域社会の公正な横断面」(fair cross section of the community)から構成したり、偏見の在る陪審員を排除する「予備審問」(voir(ヴォワール) dire(ディール))や、裁判官による「説示」(instruction)や、「評議」(deliberation)や、「全員一致」の要件(unanimity requirement)等が在るけれども、「十二人の怒れる男」は此れ等の制度に参加する人間自身が良くなければ機能しないことを示唆している[70]。 → 後掲「IV.『説示』と陪審制」「六.その他、陪審制度に就いて」内の「陪審員の適格性・選別―予備審問」も参照。

 

 

目次に戻る

四.「熱心な擁護者」

l        剔、弁護士が職責を全うしていない問題 ―― 陪審員#8(ヘンリー・フォンダ)が、一人だけ無罪票を投じた理由を説明し始めつつ….。 DVD at ch.4.0:24:30, Rose at 17-18 (emphasis added).

 

8th Juror     All right.  I haven’t got anything brilliant.  I only know as much as you do.  According to the testimony the boy looks guilty.  Maybe he is.  I sat there for [three] [six] days listening while the evidence built up.  Everybody sounded so positive that I started to get a peculiar[独特な・異常な] feeling about this trial.  I mean, nothing is that positive.  I had [many] questions I would have liked to ask.  Maybe they wouldn’t have meant anything.  I don’t know.  But [I started to feel that the defense counsel wasn’t doing his job.]  [I began feeling that defense counsel was not conducting thorough enough cross examinations.]  He let too many things go.  Little things.

10th Juror   What little things?  Listen, when these guys don’t ask questions, that’s because they know the answers already and they figure they’ll be hurt.

8th Juror     Maybe.  It’s also possible for a lawyer to be just plain stupid, isn’t it?

….

8th Juror (smiling)    I kept putting myself in the boy’s place.  I would have asked for another lawyer.  I think.  I mean, if I was on trial for my life I’d want my lawyer to tear the prosecution witnesses to shreds, or at least to try.  Look, there was one alleged eyewitness to this killing.  Someone else claims he heard the killing and then saw the boy running out afterwards.  There was a lot of circumstantial evidence, but actually those two witnesses were the entire case for the prosecution.  Supposing they were wrong?

__________________.

 

l  公選弁護人が職責を全うしていない問題―― 歩いて15秒以内にベッドから降りてドアの所まで行って凾見たという階下の老人の目撃証言に就いては、足を引き摺っている老人には無理であるから矛盾が存在することを巡る議論と実証の最中に、そんなことを弁護士が気付かなかったはずがないという議論になってDVD at ch.9.0.56:05, Rose at 44 (emphasis added).

 

8th Juror    I want try this thing.  Let’s see how long it took him [the old man to reach the door from his bed].

3rd Juror    What d’you mean you want to try it?  Why didn’t the kid’s lawyer bring it up, if it’s so important?

5th Juror    Well, maybe he just didn’t think of it? 

10th Juror  What d’ya mean he didn’t think of it?  You think the man’s an idiot or something.  It’s an obvious thing.

_________________.

 

l         法曹倫理規定[71]と「competency」: adversary system」の下に於いて、中立的な決定者(判事・陪審員)が「fully informed」された上でより正しい判断を下す為には、弁護人に一定の「能力」(competency)が求められる[72]

 

ABA Model Code of Professional Responsibility (1983)[73]

CANON 6.  A Lawyer Should Represent a Client Competently

EC 6-1

Because of his vital role in the legal process, a lawyer should act with competence and proper care in representing clients.  ….

(emphasis added).

 

DR 6-101  Failing to Act Competently

(A) A lawyer shall not:

(1) Handle a legal matter which he knows or should know that he is not competent to handle, without associating with him a lawyer who is competent to handle it.

(2) Handle a legal matter without preparation adequate in the circumstances.

(3) Neglect a legal matter entrusted to him.

(emphasis added).

 

ABA Model Rules of Professional Conduct (2002)[74]

Rule 1.1:  Competence

A lawyer shall provide competent representation to a client.  Competent representation requires the legal knowledge, skill, thoroughness and preparation reasonably necessary for the representation.

Comment to Rule 1.1              [1]  ….

[5]  Competent handling of a particular matter includes inquiry into and analysis of the factual and legal elements of the problem, and use of methods and procedures meeting the standards of competent practitioners.  It also includes adequate preparation.  The required attention and preparation are determined in part by what is at stake; major litigation and complex transactions ordinarily require more elaborate treatment than matters of lesser consequence.

(emphasis added).

 

l       公選弁護人が職責を全うしていない問題 ――「殺すぞ」という言葉は本気ではないはずだと#8陪審員が主張し始めたところ、#7陪審員が怒り出して DVD at ch.8.0:47:23, Rose at 36-37 (emphasis added).

 

7th Juror   ….  (To the 8th Juror.)     Listen, the kid had a lawyer, didn’t he?  The lawyer presented his case, not you.  How come you’ve got so much to say?

… [ココで特定不明な陪審員がちゃちゃを入れている。] ….

8th Juror    The lawyer was court-appointed.

7th Juror    So what does that mean?

8th Juror    Well, it could mean a lot of things.  It could mean he didn’t want the case.  It could mean he resented being appointed.  It’s the kind of case that brings him nothing.  No money.  No glory.  Not even much chance of winning.  It’s not a very promising situation for a young lawyer.  He’d really have to believe in his client to make a good fight.  As you pointed out a minute ago, he obviously didn’t.

_______________.

 

l         大衆法文化に於いては、弁護士の腕次第で凾ェ不利にも有利にもなる―司法へのアクセスの問題―と捉えられていて、且つ、公選弁護人は私選弁護人よりも質が劣ると捉えられているけれども、実際には確かに公選弁護人の仕事量負担が大きく報酬が安過ぎるけれども質は私選弁護人に劣ることはなく、経験が豊富な分だけ有能でさえあるという指摘もある[75]

l法曹倫理規定と「zealous advocate」: 「adversary system」の下では、弁護士が依頼人の為に党派的な「熱心な擁護者」として振舞うことは裁判所に反抗しているのではなく、寧ろ「an officer of the court」としての義務である。弁護人が依頼人の為に「忠誠」(loyalty)を尽くし熱心に擁護者と成ることが、中立的・受動的な判定者(判事・陪審員)に拠るより正しい判断に資することに成る。

 

ABA Model Code of Professional Responsibility (1983)

CANON 7.  A Lawyer Should Represent a Client Zealously Within the Bounds of the Law

EC 7-1            The duty of a lawyer, both to his client and to the legal system, is to represent his client zealously….  The professional responsibility of a lawyer derives from his membership in a profession which has the duty of assisting members of the public to secure and protect available legal rights and benefits.  In our government of laws and not of men, each member of our society is entitled to have his conduct judged and regulated in accordance with the law; to seek any lawful objective through legally permissible means; and to present for adjudication any lawful claim, issue, or defense.

(emphasis added).

 

EC 7-19          Our legal system provides for the adjudication of disputes governed by the rules of substantive, evidentiary, and procedural law.  An adversary presentation counters the natural human tendency to judge too swiftly in terms of the familiar that which is not yet fully known; the advocate, by his zealous preparation and presentation of fact and law, enables the tribunal to come to the hearing with an open and neutral mind and to render impartial judgments.  The duty of a lawyer to his client and his duty to the legal system are the same; to represent his client zealously within the bounds of the law.

(emphasis added).

 

ABA Model Rules of Professional Conduct (2002)

Rule 1.3:  Diligence A lawyer shall act with reasonable diligence and promptness in representing a client.

Comment to Rule 1.3              [1]  A lawyer should pursue a matter on behalf of a client despite opposition, obstruction or personal inconvenience to the lawyer, and take whatever lawful and ethical measures are required to vindicate a client's cause or endeavor.  A lawyer must also act with commitment and dedication to the interests of the client and with zeal in advocacy upon the client's behalf.  A lawyer is not bound, however, to press for every advantage that might be realized for a client.  For example, a lawyer may have authority to exercise professional discretion in determining the means by which a matter should be pursued.  ….

(emphasis added).

 

Comment to Rule 3.1   [1] The advocate has a duty to use legal procedure for the fullest benefit of the client's cause, but also a duty not to abuse legal procedure.  ….  

(emphasis added).

_______________.

 

Lawyer Jokes[76] しかし残念ながら(?)zealous advocate」な法曹の態度は、しばしば大衆からの非難・中傷の対象となる。

 

<法曹ジョーク その一>

Q#1  :        What do you call a person who assists a criminal in breaking the law before the criminal gets arrested?

Ans#1:        An accomplice.

Q#2  :         What do you call a person who assists a criminal in breaking the law after the criminal gets arrested?

Ans#2:        A lawyer!!

(emphasis added).

 

<法曹ジョーク その二>

An attorney, addressing the jury and speaking of his client who recently killed his parents:  “Dear ladies and gentlemen, please take mercy and release this poor orphan!!”

_______________.

 

目次に戻る

五.証拠法

l       証拠法の概要[77]: 証拠法が扱う事項は、「証人の適格性」(competency)や「証拠調べ」(examination)、「証拠の許容性と排除」(admissibility / exclusion)、「証言や証拠開示の秘匿特権」(privilege)、「立証責任」(burden of proof)、および「推定」(presumption)、等である。刑事も民事もほぼ同じルールが適用される。主な法源は『Federal Rules of Evidence(連邦証拠規則)

O       証拠法は、adversary systemjury systemの影響を色濃く反映している。そもそも法律の素人たる陪審を管理する為にこそ洗練された証拠法(特に後掲admissibility / exclusionに関する諸ルール)が発達したのである。なお当事者対抗主義により証拠(含、証人)提出のイニシアチブは当事者に委ねられ、事実認定は提出された証拠のみによって行われる[78]。→∴陪審が勝手に「法廷証拠」(extraneous evidence)を評議室に持ち込むことは「misconduct」として許されない。 → 後掲「VI.misconduct』」参照。

O       admissibility / exclusionに関する諸ルールの第一の原則は、「relevancy(関連性)[79]である。irrelevantな証拠提出は許容されない。第二の原則は、たとえrelevantな証拠であっても、その証明力よりも弊害が凌駕する場合には、やはりinadmissibleとなる。その代表例は後掲(VII.証人・証言のリスク)に於いて説明する「hearsay rule(伝聞証拠排除の原則)」である。尤もhearsayな証拠でも例外的にadmissibleな場合がある(e.g., dying declaration[80])

 


目次に戻る

[1] Nancy S. Marder, Introduction to the 50th Anniversary of 12 Angry Men, 82 Chi.-Kent L. Rev. 557, 558-59 (2007).

[2] Id. at 563.

[3] See Stephan Landsman, Mad about 12 Angry Men, 82 Chi.-Kent L. Rev. 749, 751-52 (2007) (「荒野の決闘」の保安官ワイアット・アープのようにwhite suitを着た物静かな英雄が弱き地域共同体を救うプロットであると指摘).

[4] Marder, Introduction, supra note 1, at 570-71.

[5] Id. at 571.

[6] Id.

[7] David Ray Papke, 12 Angry Men Is Not an Archetype: Reflections on the Jury in Contemporary Popular Culture, 82 Chi.-Kent L. Rev. 735, 735 (2007).  See also  Charles D. Weisselberg, Good Film, Bad Jury, 82 Chi.-Kent L. Rev. 717, 717 (2007) (ヘンリー・フォンダが真実を追究するhonesty and integrityな男であることを疑う観客は居ない、彼の顔がその真実性の証拠なのである―His face was an affidavit.―と指摘).

[8] Michael Asimow & Shannon Mader, Law and Popular Culture A Course Book 136-37 (2004).

[9] Morris B. Hoffman, The Myth of Factual Innocence, 82 Chi.-Kent L. Rev. 663, 683-84 & nn.89-90 (2007).

[10] See Asimow & Mader, supra note 8, ¶9.01, at 133;  Richard Brust, The 25 Greatest Legal MoviesTales of Lawyers We’ve Loved and Loathed, ABA Journal, Vol. 94, Aug. 2008, at 38, 40.  See also- The 25 Greatest Legal Movies, ABA Journal electronic site, Aug. 2008, available at  <http://www.abajournal.com/gallery_top25movies/

single/top25movies/98> (last visited July 7, 2008 JST) (同旨).  See also Hoffman, supra note 9, at 665 (元々はテレビドラマだったと指摘);  Marder, Introduction, supra note 1, at 559 (1957年の映画版の後の’97年にTV化され、’04年以降に演劇化されたけれども、やはりオリジナル映画版こそが力強さを維持していると指摘);  Id. at 572 (アクションも無く全てが評議室で行われる作品なので演劇のようであると指摘).

[11] Asimow & Mader, supra note 8, ¶9.01, at 133.

[12] Landsman, supra note 3, at 749-50.

[13] Id. at 750-51.  See also Marder, Introduction, supra note 1, at 568-69 (レッドパージ―the House Un-American Activities Committee―に呼応して映画産業が生んだ幾つかの愛国的映画―patriotic films―の一つが「十二人の怒れる男」であったと指摘).

[14] ABA, The 25 Greatest Legal Movies, supra note 10.

[15] Landsman, supra note 3, at 756.  See also Hoffman, supra note 9, at 665 (低予算作品だったにも拘わらず財政的に大失敗に終わったと指摘);  Marder, Introduction, supra note 1, at 558 (興行的に当初成功は収めなかったけれども、50年もの長きに亘って支持を得て「古典」―classic―と看做されていると指摘).

[16] AFI’s 100 Years100 Heroes & Villains, in Weisselberg, supra note 7, at 717 n.2.

[17] Id. at 757-58.

[18] Marder, Introduction, supra note 1, at 574-75 (強迫症の私立探偵モンクが陪審員を勤めた際に一人だけ無罪を主張し、一人で事件を解決してしまうエピソード―「Mr. Monk Gets Jury DutyUniversal Studios Home Entertainment: Season Four, Disc. Four―を紹介しつつ、映画「十二人の怒れる男」の方が真実の不明な設定の中で一人で多数を説得する大変さを描き込んでいると比較分析。なお同作品は日本ではNHK放送版第三シリーズ16話「評決に異議あり」として放映された模様).

[19] Asimow & Mader, supra note 8, ¶1.06.1, at 13 (一般に映画に於いて裁判所の権威を表す為に遠方の下方から裁判所を見上げるように映す技法を「establishing shot」と云うと指摘).

[20] Id. ¶9.02.3, at 135.

[21] Papke, supra note 7, at 741 n.19.

[22] 4 William Blackstone, Commentaries 352 quoted in Jason D. Reichelt, Standing Alone: Conformity, Coercion, and the Protection of the Holdout Juror, 40 U. Mich. J. L. Reform 569, 600 n187 (2007).  イスラームに於いても同様の事が云われているという指摘もある。 Alexander Volokh, N Guilty Men, 146 U. Pa. L. Rev. 173, 179 n.41 (1997).

[23] Volokh, supra note 22, at 174.

[24] Hoffman, supra note 9, at 684 n92 (推定無罪の原則は、旧約聖書の申命記―Deuteronomy―や、古代スパルタ・アテネ、或いは少なくともローマ法に迄も遡れる程の古い起源を有すると指摘した連邦最高裁法廷意見Coffin v. United States, 156 U.S. 432, 454-56 (1895)を引用しながら).

[25] Valerie P. Hans, Deliberation and Dissent: 12 Angry Men Versus The Empirical Reality of Juries, 82 Chi.-Kent L. Rev. 579, 579 (2007).

[26] Jeffrey Abramson, Anger at Angry Jurors, 82 Chi.-Kent L. Rev. 591, 610 (2007).

[27] Id. at 603 n.57.

[28] Id.

[29] Id.

[30] Id. at 611. なおWeisselbergは、最も人生経験の多い陪審員はスラム育ちの5th Jurorと、移民・難民の11th Jurorであろうと指摘している。Weisselberg, supra note 7, at 718-19. 尤も当講座の講師としては、老人陪審員の9th Jurorも人生経験豊富で重要な陪審員であると思う。後掲「IV.『説示』と陪審制」内の「二.陪審団の構成員」参照。

[31] Abramson, Anger, supra note 26, at 593.  See also Hoffman, supra note 9, at 663 (陪審制度が(もろ)いもの故にヘンリー・フォンダだけの勇気に頼らざるを得ないものと描いていると指摘);  Marder, Introduction, supra note 1, at 567 (同旨).

[32] Abramson, Anger, supra note 26, at 593.  See also Hans, supra note 25, at 585 (同旨―拙速に偏見で剽L罪を判断するようなbad jurorsが出て来て、素人参加―lay participation―型裁判の最悪の状態を示していると指摘). ところでこのように極端に偏見を有して頑固な陪審員が登場する理由は、劇(drama)的効果を上げる為であると解釈できよう。See Weisselberg, supra note 7, at 719 (極端な差別主義者が登場するからこそ劇的であると示唆).

[33] 尤も実際の裁判では偏見の強い陪審員候補者は予備審問で振るい落とされるという指摘もある。Hoffman, supra note 9, at 685.

[34] Id. at 667.

[35] Marder, Introduction, supra note 1, at 567 (本文中のようにHoffman論文を要約・紹介しつつ).

[36] Hoffman, supra note 9, at 685 & n.94.

[37] See id.at 684.

[38] See Nancy S. Marder, The Banality of Evil: A Portrayal in 12 Angry Men, 82 Chi.-Kent L. Rev. 887, 889-93 (2007).

[39] See id. at 895-97.

[40] Id. at 897.

[41] Abramson, Anger, supra note 26, at 593.  See also Wiesselberg, supra note 7, at 720 (reasoningを通じて同僚に影響を与え、検察側の証拠の質に関するseries of rational and persuasive argumentsを通じて同僚の判断を変化させたと指摘).

[42] Hans, supra note 25, at 585.

[43] Marder, Introduction, supra note 1, at 576.

[44] Marder, A Portrayal, supra note 38, at 897-98.

[45] See, e.g., Abramson, Anger, supra note 26, at 592-93;  Landsman, supra note 3, at 752.

[46] Marder, A Portrayal, supra note 38, at 892;  Marder, Introduction, supra note 1, at 566 (他の司法機関が仕事をきちんとしていなかったから陪審員が通常以上の仕事を強いられたと指摘).

[47] Abramson, Anger, supra note 26, at 593. 

[48] Marder, A Portrayal, supra note 38, at 892.

[49] Abramson, Anger, supra note 26, at 593.

[50] Marder, A Portrayal, supra note 38, at 893.

[51] Marder, Introduction, supra note 1, at 576.

[52] Marder, A Portrayal, supra note 38, at 887-88.    

[53] Id. at 889.

[54] Id. at 895.

[55] E. Allan Farnsworth, An Introduction to the Legal System of the United States 111 (3d. ed. 1996).

[56] See, e.g., William Burnham, Introduction to the Law and Legal System of the United States 80-85 (4th ed. 2006);  Robert H. Aronson & Donald T. Wechstein, Professional Responsibility in a Nutshell 304-61 (2d ed. 1991);  Farnsworth, supra note 55, at 104-111.

[57] 講義前出映画「レッドブル」(Red Heat, 1988年、アーノルド・シュヴァルツェンエッガー主演、TriStar Pictures)参照。

[58] See 映画「ザ・ファーム:法律事務所」(The Firm, 1993年、トム・クルーズ主演、John Grisham原作、Paramount Pictures)参照。

[59] See Burnham, supra note 56, at 80-85.

[60]partisan」とは、「抵抗運動ゲリラ」ではなく、「党派的」の意。

[61] See Burnham, supra note 56, at 85.

[62] 平野晋『アメリカ不法行為法―基本概念と学際法理』376(2006年、中央大学出版部).

[63] See Burnham, supra note 56, at 85.

[64] Id. at 83, 266.

[65] Id..

[66] Farnsworth, supra note 55, at 111.

[67] U.S. Const. amend. VI.  See also Burnham, supra note 56, at 302-05.

[68] U.S. Const. amend. V, XIV.  See also Burnham, supra note 56, at 294, 305.

[69] Irvin v. Dowd, 366 U.S. 717, 722 (1961) cited in Weisselberg, supra note 7, at 721 n.19 (和訳は講師の拙訳).

[70] Marder, A Portrayal, supra note 38, at 898.

[71] See, e.g., Charles W. Wolfram, Modern Legal Ethics (student ed. 1986); Aronson & Wechstein, supra note 56.  なお日本の弁護士の倫理規範に就いては、日弁連の以下のウエブページを参照。<http://www.nichibenren.or.jp/ja/jfba_info/

rules/data/rinzisoukai_syokumu.pdf (last visit on Nov. 7, 2007).

[72] (刑事訴訟法)的に何処までの弁護人の能力が被告人に保障されるべきかに就いては、一つの争点と成っている。本handoutでは刑訴法上の問題としてよりは、寧ろ法曹倫理として此の争点を扱っている。

[73] The Model Code is available at http://www.law.cornell.edu/ethics/aba/mcpr/

MCPR.HTM (last visit on Nov. 4, 2008).

[74] The Model Rules are available at http://www.law.cornell.edu/ethics/aba/ (last visit on Nov. 3, 2008).

[75] See Hoffman, supra note 9, at 685-86 & n.97.

[76] See 平野晋「法と文学と法職倫理(1)~(31)in『際商』294426頁〜31101490(20012003), at「同第3回」in『際商』296714, 718(2001).

[77] この論題に就いての出典は、see Farnsworth, supra note 55, at 115?17.  See also Burnham, supra note 56, at 109-15.  See generally Michael H. Graham, Federal Rules of Evidence in a Nutshell (2d ed. 1987).

[78] 尤も争いの無い常識的知識は「judicial notice(裁判所による確知)と云って証拠無しに裁判所が判断する。Farnsworth, supra note 55, at 115.  See also Fed. R. Evid. 201.

[79] relevancy」とは、証拠が争点の存否に関係すること、即ちその存否の蓋然性を高めるか、または低めることである。See Fed. R. Evid. 401.

[80] Fed. R. Evid. 804(b)(2) ( “(2) Statement under belief of impending death.  In a prosecution for homicide or in a civil action or proceeding, a statement made by a declarant while believing that the declarant’s death was imminent, concerning the cause or circumstances of what the declarant believed to be impending death.”と規定).

[81] Graham, supra note 77, §404.3, at 97.

[82] Id.

[83] Brian J. Foley, Until We Fix the Labs and Fund Criminal Defendants: Fighting Bad Science with Storytelling, 43 Tulsa L. Rev. 397, 406 (2007)(rebuttal evidenceは「the penalty against the introduction of good character」であるとコーネル大学Ross教授が呼称していると紹介).

[84] Graham, supra note 77, §404.3, at 97.

[85] Id. §404.4, at 98.

[86] Id. §404.5, at 98-99.

[87] Id. at 99-100.

[88] Id. at 101, §105.1, at 22-23 (申立が無くても裁判所自身がこの説示を行うことも可能と説明している).

[89] Foley, supra note 83, at 406.

[90] See id.

[91] Michael Asimow, 12 Angry Men: A Revisionist View, 82 Chi.-Kent L. Rev. 711, 714 n.15 (2007)(quoting Fed.R.Evid. 404).

[92] Marder, A Portrayal, supra note 38, at 891;  Marder, Introduction, supra note 1, at 563.

[93] Marder, Introduction, supra note 1, at 563.

目次に戻る

トップページに戻る