製造物責任法の研究

Products Liability

中央大学 教授 (総合政策学部)
米国弁護士 (NY州)
平野 晋

key words: 製造物責任、製造物責任法、PL、PL法、PL, Products Liability, Prod.Liab., 無過失責任、危険効用基準、消費者期待基準

Susumu Hirano; Professor of Law, Faculty of Policy Studies, Chuo University (Tokyo, JAPAN); Member of the New York State Bar (The United States of America)
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目次

製造物責任法とは

危険の無い製品は無い?!--- 思考の大前提 "All products are dangerous."

無過失責任の死」 (The death of Strict Liability in Torts

現代の製造物責任法は無過失責任か?

「過失責任」 対 「無過失責任」

欠陥基準

以下「製造物責任の研究」のページを参照下さい。

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「危険効用基準」の真の意味 (Macro CBA --- 更なる安全代替案との限界的(marginal)比較に拠らず、一つの製品分類全てを、その全体的な効用よりも全体的な危険が凌駕するという比較により欠陥認定することが誤っているという指摘の解説 
新しい製造物責任法の潮流「分類別責任」: カテゴリカリー(分類別)に製品の欠陥が問われる?!
 「分類別責任」とは程度≠フ問題
 熱いコーヒー≠ニ「分類別責任」
 ファースト・フード≠ニ「分類別責任」
「消費者期待基準」を唯一の欠陥基準にすることが駄目な理由

 曖昧な欠陥基準が駄目な理由

EU型な日本PL法の欠陥基準が駄目な理由

 過失責任のリーズナブル・パーソン・スタンダードも実は消費者期待基準同様に曖昧という問題アリ?!

更に詳しく『リステイトメント(第三次)不法行為法:製造物責任』の起草者達の立場を説明すると...

RADの要件に加えて、その不採用が該製品を理不尽に不安全にしているという要件も課される理由

“消費者期待基準”を欠陥基準の原則とすることの誤り (平野晋 説)

平野晋説を支持する第三次リステイトメント起草者の論文

警告欠陥

望ましい警告欠陥の基準・正しい危険効用衡量の仕方
警告表示の意義
警告の類型
警告欠陥と設計欠陥の関係
「ハンド・フォーミュラ」 (ハンドの定式)に於ける警告の意味

不法行為「法の原理」

日本の製造物責任(制定)法

欠陥の三分類を否定する日本の一部解釈の誤り
「危険効用基準」が「企業寄り」だとレッテルを貼る日本の一部解釈の誤り
製造物責任法の立法・解釈を、「“企業寄り”対“消費者寄り”」というダイコトミーな短絡的理解をする日本の解釈の誤り
今後の解釈・運用により欠点を治癒する可能性
いわゆる「ウエイド」法務研究科長の7要素
危うい解釈
問題のある裁判例

生命・身体(健康)への危険以外の場合には、製造物責任法を適用すべきでない

製造物責任「法の原理」
通常有すべき「安全性」の意味に関する日本の法源例

予見可能性の無い場合にまで責任を課す立場はアメリカでも衰退 -- 開発危険の抗弁

ヨーロッパの製造物責任法

EC理事会指令 (原文)
EC理事会指令の代表起草者(タッシュナー教授)による解説論考

製造物責任法(PL法)とは

製造物責任法の定義、歴史等に関しては、以下の筆者の業績をまずは参照下さい。

指導的な不法行為学者による、概ね以下のような指摘は、伝統的な過失責任の時代に於ける、製品事故に関するπとで凾ニの間の責任分担を、簡潔に表しています。

すなわち、製造業者は、その製品から、合理的な設計によって削除できる全ての実質的な危険を削除するような、合理的な注意を払わなければなりません。
更にそれでも残ってしまう全ての実質的に隠れた危険に関しては、それを消費者に警告しなければなりません。
更に危険な製造上の欠陥を極少化するべく製品を注意深く製作しなければなりません。
更に製品安全の誤表示を回避すべく注意深くなければなりません。
これら全ての諸点に於いて製造業者が合理的な注意を払っていたならば、製品の日々の使用に伴う如何なる残余危険については消費者が責任を負担しなければなりません。

オゥエン, 製品の生来的な危険, infra, at 379.

なお、ここからは私見ですが、製造物責任に於ける多数の争点の内、πあるいはユーザーや消費者が負担すべき「残余危険」(residual risks)と、製造業者等が負担すべき責任との境界は何処にあるのかは、難しい問題の一つです。 すなわち、残余危険は消費者が負担すると言うのは容易い(たやすい)としても、さて何処からが残余危険なのかという問題こそが、正に製造物責任法の根本的論点なのではないでしょうか?

危険の無い製品は無い?!--- 思考の大前提

現実世界の生活に於いては常に事故の危険が存在し、かつ、もしそれが発生した場合に常に他人の所為(せい)にすべきではありません。 製造物責任法が関心を寄せる製品事故という分野に於いても、同様に、製品使用には危険性が伴うものであり(たとえばナイフという製品は、その製品効用=危険性というトレードオフな関係にあるので、危険性は不可避な製品特性なのです)、かつ、その全てを、「モノつくり」を通じて世の中の善(goodsあるいはwelfare)の向上に貢献している製造業者等の所為(せい)にすべきではない、という大前提を、まずは理解すべきでしょう。

実現可能な代替設計案を抜き(in the absence of an alernative feasible design)に責任を論じるということは、欠陥無しの責任(liability without defect)に等しく、「危険」と「欠陥」を互換可能な概念であるように用いるという、よくある罠に陥っているのです。 二つの文言は、同じものを意味するものではありません。 すなわち、一方の「危険性」(dangerousness)というのは製品の事実上の性格を表していますけれども、他方の「欠陥性」(defectiveness)というのは該製品に関する法的な結論(legal conclusion)なのです。 危険な製品が必ずしも欠陥ということにはならないのであって、その費用(costs)がその便益(benefits)を凌駕する(outweigh)場合にだけ欠陥なのです

Ellen Wertheimer, The Smoke Gets in Their Eyes: Product Category Liability and Alternative Feasible Designs in the Third Restatement, 61 TENN. L. REV. 1429 (1994) (訳は評者) (emphasis added).

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以下の、高名な法と経済学者(現裁判官)の指摘は、製品には常に危険性が伴うのであるから、危険であることだけでは欠陥ではないという大原則を示しています。更に、日常生活には危険が伴うものであるし、その危険を人々が引き受けるのは代わりに「効用・便益」を得るためである、従って危険と便益とのトレードオフな関係を衡量しなければ欠陥か否かは判断できないという製造物責任法の基本概念を、示しております。

熱いお湯を作り出すからといって[コーヒーメーカが]欠陥にはならないのは、ナイフの歯が鋭いからといって欠陥ではないのと同じです。...。
人々は自身の危険を上昇させるためにお金を使うものなのです。--- スキーのヴァケーションに行くために人々はわざわざ高額な料金を払いますし、バットやボールが飛び交うような野球[を観]に行きます。...人々がそのようなことをするのは、スキーや野球…等から便益(benefits)を感じるからなのです。…、インディアナ州は先例に於いて、重篤な危害を作り出すように設計されていたという理由により製品を欠陥だとは非難しない旨を判示しております。… コーヒー・メーカーが華氏179度(179°F)で飲み物を温めておくことが欠陥に当たるか否かを判断するためには、まずはホット・コーヒーの効用をそのコストとの関係に於いて理解しなければなりません

McMahon v. Bunn-o-Matic Corp., 150 F.3d 651, 655, 658 (7th Cir. 1998) (Easterbrook, J.) (訳は評者) (underline added).   (この続きは、「熱いコーヒーは欠陥であると主張する製造物責任の研究」のページを参照下さい。)

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以下の、指導的な不法行為法学者の文も、同様な大前提を指摘しています。

全ての製品は危険です(All products are dangerous.)。 ...。 あらゆる製品に生来的に伴う不可避的な危険([u]navodidable dangers inhere in every product)は、該製品の目的や望ましさ(desirability)を破壊せずには取り除くことができないのです。

オゥエン, 製品の生来的な危険, infra, at 377. (この続きは後掲「」の項を参照下さい。)

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無過失責任の死

かつて、製造物責任は無過失責任である、という言説が信じられ、その教条主義に否定的な批判を加えることすらはばかられた時代(日本!)に於いて、無過失責任を肯定する理由として挙げられていた、「報償責任」や「損失の分散」云々は、「製造上の欠陥」という限られた類型には当てはまっても、「典型的(clasicc)な設計欠陥」等には該当しません。 従って、無過失責任を典型的な設計欠陥等に当てはめる理論的根拠もありません。 

危険責任 --- 危険を作り出した者こそが責任を負うべしという思想。しかし、多くの製品事故の危険は、製造業者だけが作り出した訳ではなく、「先の行為者」たるユーザーと、「後の行為者」たる製造業者等との間の、自律的行為の接点で生じています。更に多くの場合、ユーザーこそが回避義務を履行せずに危険を作り出しているのです。

報償責任 --- 利益を得ている企業が責任を負担すべしという思想。しかし、ユーザーも製品を使用することで「効用」を享受しているのだから、企業ばかりを責めるのは「平等」の倫理や「公平」の倫理に反します。

損失の分散 --- 無過失責任で負担する損害賠償等のコストを製品価格に広く薄く転嫁すれば良いという思想。製造上の欠陥に於いてならば通常○○万個に一件の割合でしか発生しない程度の蓋然性に於ける損失なので当てはまっても、それ以外の場合に迄拡大適用された途端に、そもそも訴訟に頼って取引費用が掛かり過ぎる非効率な不法行為責任の欠点が露呈してしまいます。(コミュニタリアニズムの倫理・価値から受傷者を広く救済したいのならば社会保障制度や賠償保険制度をユーザー自らが付保した方が効率的。)

最安価事故回避者 --- 最安価に事故を回避できる者(cheapest cost avoider)にこそ責任を課すことが、事故費用と事故防止費用[と運用費用?]の総和を極小化するのにふさわしいとするカラブレイジの理論。古典的な製造上の欠陥では確かに、外れ玉をユーザー側が発見して事故回避することは難しいと言えます(前掲ポズナー「法の経済的分析」 at 181からの引用参照 )。しかし、通常の製品事故ではユーザーこそが最安価事故回避者である場合も多いので、当てはまりません(Id. at 182参照)。

自己のコントロールにある者こそ有責 --- 製造上の欠陥については事故原因が凾フコントロール下にあるという論理もある程度肯定され得ますが(もっとも他原因を排除し切れないのではないかという問題は残りますが)、その他の多くの製品事故は、πのコントロール下で生じるので、この無過失責任肯定の論拠も必ずしも当てはまりません。

なお、「信頼責任」については、製造上の欠陥であれば、πがまさか自分の製品だけが他の同じ図面の製品から外れて貧乏くじを引かされたことから信頼を裏切られたと言えるけれども、設計欠陥や指示警告欠陥の場合は、ケース・バイ・ケースに分析して本当に製品が信頼を裏切っているのか、あるいは、ユーザーこそが最安価事故回避者だったのか等の判断をしなければ、一概に常に信頼責任があると断定するのは乱暴過ぎます。

なお、上の分析は、「π=ユーザ」であるという原則的≠ネ製品事故の場合に当てはまるものです。 従って、この原則が当てはまらない場合、すなわち、「π=bystanders」という場合には、別の分析が必要になる可能性が残されているのも事実でしょう。

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判例法の発展史として特に有名な法理、事件、事象等は以下の通りです。

See 前掲拙書『アメリカ製造物責任法の新展開』6〜14頁.

"It should now be recognized that a manufacturer incurs an absolute liability when an article that he has placed on the market . . . proves to have a defect that causes injury to human beings . . . Public policy demands that responsibility be fixed wherever it will most effectively reduce the hazards to life and health inherent in defective products that reach the market. .... The cost of an injury and the loss of time or health may be an overwhelming misfortune to the person injured, and a needless one, for the risk of injury can be insured by the manufacturer and distributed among the public as a cost of doing business."
Escola v. Coca Cola Bottling Co. of Fresno, 150 P.2d 436, 440-441 (Cal. 1944) (Traynor, J., concurring) (emphasis added).
"A manufacturer is strictly liable in tort when an article he places on the market, knowing that it is to be used without inspection for defects, proves to have a defect that causes injury to a human being....

  . . . . The purpose of such liability is to insure that the costs of injuries resulting from defective products are borne by the manufacturers that put such products on the market rather than by the injured persons who are powerless to protect themselves. "
   Greenman v. Yuba Power Co. 377 P.2d 897, 901 (Cal. 1963).
(*) 以下のような規定です。
(1) One who sells any product  in a defective condition unreasonably dangerous to the user or consumer or to his property is subject to liability for physical harm thereby caused ....

(2) The rule of subsection (1) applies although ... the seller has exercised all possible care in the preparation and sale of his product, ...

なお注意点は、そもそも無過失的責任の対象として主に考えられていたのは、現代製造物責任に於ける「製造上の欠陥の場合だった、ということです。

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現代の製造物責任法は「無過失責任」か?

答えは、「No」です。

なぜならば、同法で一番重要な要件である「欠陥」の認定に於いて、常に過失的要素を問わない「無」過失責任であるとは断定できないからです。

すなわち、法律先進国アメリカに於ける製造物責任法の欠陥概念は、評者が既にいち早く日本に紹介したように、「製造上の欠陥」(manufacturing defects)、「設計上の欠陥」(design defects)、及び「指示・警告上の欠陥」(warning defects、failure to warn/instruct)という三種類に分類されますが、そのうちの後二者は過失的な判断要素に基づいて決定されます

(*)典型的では無い、例外的な設計欠陥としては、そもそも設計者の意図に反した機能しか発揮しないような設計上の欠陥(これを『リステイトメント(第三次)不法行為法:製造物責任』(1998年)の起草者ジェームズ A.ヘンダーソン教授は、かつてからinadvertent errorと呼んでいました)や、そもそも効用がほとんど無いのに危険性が高い企画の設計等が考えられます。そのような「非」典型的な設計欠陥の主張の場合には、(加えて、安全基準さえ満たさない設計欠陥の場合にも)、原告(π)がRADを示すようには求められないものとして整理され得ます。 → See ヘンダーソン & トゥワースキー, 「欧州、日本、および他の諸国」 , infra at 7-9. See also id. at 17 (classic design casesとは、ones that "do not involve product malfunctions, violations of safety regulations, or egregiously(とんでもなく) dangerous products"であると定義しています).
設計欠陥が肯定されてしまうと、同じ図面や仕様から製造された全ての製品が欠陥ということに理論上はなってしまいます。すなわち、むやみにこの種の欠陥を認定してしまうと、厳格[無過失]責任の前提であった「危険の分散」も機能しなくなってしまうのです。「危険の分散」は、欠陥と認定されて製造者に責任が課される場合を少数になるものと前提し、だからこそ、その責任コストを他の多数の製品価格に「広く浅く」転嫁することで上手く行くとされていましたけれども、もし責任を課される製品の数が前提よりも多くなり製造者に責任コストが課され過ぎると、もはや危険の分散が機能し得なくなるという訳です。  製造上の欠陥は、例えば一万個に一個の割合で生じるというように、原則として少数しか生じないという前提が当てはまる(従って、危険の分散も機能し、無過失責任でも問題が無い)けれども、典型的な設計欠陥や指示警告欠陥というように広がり過ぎると、もはや駄目なのです。更に、設計欠陥が認定されれば、該製品が理論的には全て市場から排除されるという大きな経済的損失を凾ノ与えるので、そのインパクトに相応しいだけの代替案の立証責任をきちんとπに課すべきなのです[評者注*1]。
[評者注*1: この点は、『リステイトメント(第三次)不法行為法:製造物責任』の起草者達による論文Henderson &  Twerski, Intuition and Technology in Products Design Litigation, infra, at 680に於いて指摘されています。]
そもそも製品設計というものは、πに生じた危険性のみならず、多くの消費者にとっての利便性や多くの消費者の望む低価格の実現等の多様な要素を総合政策(?!)判断しなければなりません。この問題を、ジム・ヘンダーソン教授は、polycentric --多中心的-- [評者注*2] と呼んで古くから指摘して来た通り、その欠陥認定は困難を極める[はずです]。   [評者注*3] 
[評者注*2: polycentricという概念に関しては、「ポリセントリック問題」のページを参照下さい。]
[評者注*3: 設計には多面的な要素が不可欠な点と、効率性や公正さ等の多様な価値観も検討すべきことを日本に紹介し主張するものとして、たとえば評者の拙考「アメリカ不法行為法第三次リステイトメント製造物責任における機能的設計欠陥基準」『損害保険企画』(199712〜981月)を参照下さい。]
そのような困難性からの現実的な脱却の手段として、具体的な規範を与える方法を『リステイトメント(第三次)不法行為法:製造物責任』が示しています。すなわち、πに対し、欠陥を主張する該製品設計よりも更に安全で具体的な「理に適った代替設計案(RAD)」を示させることにより、そのRADと該設計とを比較して該設計が欠陥であったか否かを事実認定者(すなわち陪審員や裁判官)に決定させるというものです。これならば、抽象論に終わること避けて、具体的に欠陥を検討でき、manageableなのです。 なお、このように製品の欠陥性を判断する際に、費用(costs)と便益(benefits)とを正しく比較検討すべきという論点に関しては、後掲「危険効用基準」の真の意味の項も参照下さい。

筆者によるこの指摘は、ジム・ヘンダーソン教授も最近でも以下のように指摘して支持されています。

製造物責任法の、今日と、限り無き将来に渡っての、本当の成長と発展は、[製造欠陥にではなく]製品の設計とマーケティング[すなわち指示警告欠陥等]に関係している。[設計欠陥及び指示警告欠陥という]包括的製品リスク(generic product risks)が含まれる製造者の判例法上の責任はこれまで常に、そして将来も常に、過失に基づくのだ。
....
製造欠陥に因り生じた危害に対して裁判所は製品製造者に厳格[無過失]責任を課すけれども、製品設計とマーケティングの決定に対する製造者の責任を導き出すためには過失原則に頼っていることを思い起こすべきである。 ...。 ...「製造上の欠陥」の定義はまっすぐに曖昧の無い、機械的[な当てはめが可能な]性格を有していて、製造者の意図した設計からの物理的な乖離という明確な基準に依拠している。ケース・バイ・ケースな危険効用の計量は関係しない...。
 [評者注*]
[評者注* これは、当ウエブ・サイト後掲の「欠陥基準」の項で説明する、「標準逸脱基準」と言われる欠陥基準の意味です。]
倫理的な内容を有する過失の原則が、伝統的な解釈である「理に適った人」(reasonable person)[の基準]と合わさったとき、事実認定者は、合理的かつ一貫性の在る結果を導き出すことができる。 そして...、工学技術的に説得力のある理に適った更なる安全な代替案(reasonable safer alternatives)を司法府が要求することで、過失の争点は解決し得るものとなる。適切な状況に於いては一般的な合理性の基準を更に具体化させるという司法的テクニックによって補充されることで、過失の争点は一世紀半に渡って手続的有効性を維持して来た...のだ。
多くのアメリカの裁判所は厳格[無過失]責任が製品設計と警告訴訟に当てはまるがごとく言って来たにもかかわらず、本当のところはこの部分[i.e., 設計欠陥と指示警告欠陥]の製造物責任制度は過失原則に依拠しているのである。過失が一般にそうであるように、過失に基づく設計欠陥と警告懈怠の制度も、比較的に上手く機能している。その理由は、製品関連損失を回避する責任を、関連するリスクをコントロールする者に課しているからである。すなわち、頒布された商業的製品を使用し、消費し、更には影響を受ける人にこそ責任を課しているからである。 [評者注*]
[評者注* これも評者がかつてから日本に紹介した、重要な点ですが、事故や危険を避ける上で最も効率的な立場の人は、常にメーカーとは限りません。多くの場合は、ユーザーこそが、効率的に危険を回避できる人なのです。にもかかわらず、企業性悪説的に、メーカーに全ての責任を転嫁する傾向や感情論は、結局は有用な製品を高騰化させたり、入手困難にさせたりして、注意深い多くの消費者にとっての不利益となって跳ね返って来ます。このように、注意深い一般消費者の利益と、πの利益が一致しないという点も、既に評者が日本に紹介して来た通りです。 See前掲拙考「アメリカ不法行為法第三次リステイトメント製造物責任における機能的設計欠陥基準」.

James A. Henderson, Jr., Why Negligence Domainates Tort, 50 UCLA L. REV. 377, 384, 394, 403 (2002) (訳は筆者)(強調付加).

リステイトメント(第三次)不法行為法:製造物責任』§2コメントdは、以下の様に言っています。

製品設計の評価は、多くの場合、理に適った人の視点から、代替設計と被害を生じさせた製品設計との比較を要求する。このアプローチは、過失に於いて伝統的な合理の基準を管理する際に用いられたものでもある。

RESTATEMENT (THIRD) OF TORTS: PRODUCTS LIABILITY §2 cmt. d(訳は評者)(emphasis added).

更に他の学者の指摘も参考までに紹介しておきましょう。

『リステイトメント(第三次)不法行為法:製造物責任』は、純粋な厳格[無過失]責任が課される製造上の欠陥と、結果的に過失責任を課す設計及び警告欠陥とを、区別している。
...。
[同リステイトメントは] 設計と警告欠陥に対して危険・効用基準を明記しているが、これは、本質的に過失的分析を採用している...。 ...。 [設計と警告欠陥に於ける] 義務の規定は、単に...文脈に応じた...ハンド基準の当てはめであると理解できる。

Kenneth W. Simons, The Hand Formula in the Draft Restatement (Third) of Torts: Encompassing Fairness As Effficiency Value, 54 VAND. L. REV. 901, 905, 928(2001)(訳は筆者)(強調付加). なお、「ハンド基準」については後掲「欠陥基準」の項の最後を参照。更に「ハンドの定式」のページも参照下さい。

以上、説明して来たように、誤謬を招くおそれのある「無過失責任」という言葉よりも、むしろ、「欠陥責任」と言うべきでしょう。すなわち、従来の一般不法行為法に於ける要件の「過失」に代えて「欠陥」を要件としたものが、現代製造物責任法だからです。

See, e.g., Henderson &  Twerski, Intuition and Technology in Products Design Litigation, infra, at 665 (製造物責任に於いては、裁判所が「製品欠陥」要件("produc defect")を「過失」要件("negligence")の代わりとした、と指摘しています).

See also オゥエン, 費用と便益を「ミクロ衡量する」, infra, at 1685 (ハンドの定式B<PxL → Nに於けるN過失≠フ代わりにD欠陥≠置き換えたものが厳格製造物責任になる、と指摘しています).

なお、欠陥概念の三分類に関しては、『リステイトメント(第三次)不法行為法:製造物責任』(1998年)の第二条RESTATEMENT (THIRD) OF TORTS: PROD. LIAB. §2に於いても規定されています。

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欠陥基準

代表的な欠陥基準は、以下の三種です。

  1. 標準逸脱基準    deviation-from-the-norm test
  2. 消費者期待基準   consumer expectation test
  3. 危険効用基準    risk-utility test

1.は、「製造上の欠陥」の判断の際の基準です。すなわち、製造上の欠陥は、図面なり仕様なりに指定された本来在るべき姿から逸脱していることで判断できるからです。標準から逸脱した場合には、消費者の期待も裏切っていると言えるので、敢えて2.の基準を持ち出すまでもありません。

3.は、「設計上の欠陥」および「指示・警告上の欠陥」を判断する際の基準です。典型的な設計欠陥や指示・警告欠陥では、本来在るべき図面なり仕様なり設計意図なりから該製品が逸脱しておらず、そもそもの図面や仕様などに於ける意思決定が誤っていたかどうかが争われます。そこでは、π側がこれを採用すれば更に安全で当該損害を回避できたはずだと主張する代替設計案(RADReasonable Alternative Design)・警告案の危険性、効用性・利便性、コスト・価格等の諸要素を欠陥主張されている設計・製品と比較衡量(balancing)して設計選択の決断をしなければ、欠陥か否かが導き出せないのです(法廷が限られた時間と知見の制約の中でいわば「設計検討室」となり、陪審員が「設計責任者・メーカーの意思決定者」となってしまうのです!!)。ちなみに2.(消費者期待)の基準は一般に不適切です。なぜならば、2.では、何が消費者の期待であるのかを示しておらず、単に質問を問うているだけでトートロジカルだからです。2.よりもむしろ3.の方が、判断を導き出すための具体的な指針=基準になっています。

なお、3.の欠陥基準について、『リステイトメント(第三次)不法行為法』§7(1998年)は、食品の欠陥等については、判例に従って消費者期待基準を採用するという妥協をはかっています。See also §2 cmt. g.   更に、そもそも設計者の意図通り機能しないようなpoorな設計欠陥のように「非」典型的な設計欠陥の場合や、安全法規をも遵守できない場合、又は、効用が低過ぎるのに危険過ぎる製品設計については、πRADを示すように求めない、という例外も見られます。See ヘンダーソン & トゥワースキー, 「欧州、日本、および他の諸国」 , infra at 7-9.  もっとも効用が低過ぎるのに危険過ぎる製品についてRADを求めないという点(π寄り弁護士のALIに於ける発案?!)については、起草者としては不満が残るようです。理由は後掲「危険効用基準」の真の意味を参照下さい。

危険効用基準に於ける諸要素の衡量という概念は、そもそも過失責任に於いて危険の計量化をしてみせたラーニッド・ハンド判事の有名な以下の「ハンド判事の定式」(Hand FormulaB<P・L)に由来しています。[ハンド判事の定式ついての更に詳しい分析は「ハンドの定式」のページ(構築中)を参照下さい。]

ハンド・フォーミュラ、B<PxL

B= Burden(事故回避費用、負担),
P= Probabilityまたは%(事故発生の蓋然性、頻度),
L= Loss, Injuries, あるいはgravity of injuries(事故一件当たりの損害額、損害の大きさ)

従って、設計欠陥&指示・警告欠陥に於いて製造物責任は、過失責任とあまり大差が無いと分析されています。

なお、ハンド・フォーミュラを設計欠陥に於ける危険効用基準(正しくは費用・便益♀準)に当てはめた場合には、以下のように表されるという、説得力のある指摘・解説があります。詳細は、後掲「危険効用基準」の真の意味の項も参照下さい。

費用便益(危険効用)衡量、Costs < (Safety) Benefits → Defect

Costs = 代替設計案に変更した場合に生じる限界費用(含、利便性の減退、価格上昇、他の安全性減退等)
(Safety) Benefits = 代替案を採用した場合に回避される限界的な事故損失

See also オゥエン, 費用と便益を「ミクロ衡量する」, infra, at 1694-95.

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近年の論文

Winter, 1999,  words, ARTICLE:**

Fall, 2000, 10 Kan. J.L. & Pub. Pol'y 55, 1830 words, ARTICLE: The Role of the Restatement in the Tort Reform Movement: ALI Reporters' Response, James A. Henderson, Jr., and Aaron D. Twerski

 April, 2000, 88 Geo. L.J. 659, 14777 words, ESSAY: Intuition and Technology in Product Design Litigation: An Essay on Proximate Causation, James A. Henderson, Jr. * and Aaron D. Twerski **

Spring, 1998, 26 Hofstra L. Rev. 667, 9092 words, SYMPOSIUM ON THE AMERICAN LAW INSTITUTE: PROCESS, PARTISANSHIP, AND THE RESTATEMENTS OF LAW: THE POLITICS OF THE PRODUCTS LIABILITY RESTATEMENT, James A. Henderson, Jr. *, Aaron D. Twerski **

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